新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

伝奇作家、半村良

 作者は長編・短編集合わせて約60作の著作を残しているが、そのバリエーションは非常に広い。1962年に本書にも収められている100ページほどの中編「収穫」で、ハヤカワSFコンテストに応募し入選して作家生活に入っている。「収穫」は異星人がほとんどの市民を円盤でさらってしまった東京に一人残った平凡な男の話だが、このため作者には「SF作家」のラベルが付いてしまった。

 

 しかしその後の作品は、処女長編「石の血脈」が伝奇小説、「軍靴の響き」は巨悪に対する警鐘を鳴らすもの、直木賞を受賞した「雨やどり」(1975年)は人情小説だった。大作としての「妖星伝」が有名だが、僕自身は「戦国自衛隊」しか読んだ記憶はない。

 

 本書はデビュー作「収穫」を含む初期の短編集、長さもテーマもトーンも異なる8編が収められている。表題作となった「およね平吉時穴道行」は、江戸時代の戯作者山東京伝の研究者である私が、現代の銀座で京伝の妹およねに出会うタイムスリップものである。

 

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 京伝の資料を読み漁った私は、妹およねと近所の目明かし平吉が恋仲だったことを疑う。しかし2人は若くして消息を絶ち、以後の資料に登場しない。そんなおよねは、「時穴」を通って現代に来ていて美人歌手としてスターダムにいる。彼女に近づき恋をしてしまった私は、平吉はどこに行ったのかを探るのだが・・・。

 

 SFといえばSF、いや200年の時を越えたラブストーリーというのが正解かもしれない。SFはあくまで手法で、描きたかったのは歴史(伝奇?)資料と生身の女性というものだったのかもしれない。

 

 中編「組曲・北珊瑚礁」は、冒頭と最後にある異星人の登場シーンを除けば、柘植久慶風の冒険・アクション小説のようだ。気に入らない上司を殴って会社を辞めた矢部は、ベトナム戦争終盤のインドシナに潜入して戦争後の日本・ベトナム間のビジネスをお膳立てする傭兵部隊に入る。戦闘シーンはあっさりしたものだが、出てくる武器はマニアが喜びそうなものだ。

 

 全編読み終わっての感想は、この作者捉えどころがないなというもの。非常に器用な人で、何でも書けるのだがそれがウラミになっていないかというのが気になる。一時期は大ブームだったのだが最近あまり古書店でもみかけないのは、固定的なファンがつかなかったからではないかと思うのです。