新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

短編小説は「愛の産物」

 日本ではあまり知られていないが、奇妙な味とハードボイルドな感覚を併せ持った作家にローレンス・ブロックがいる。約50の長編小説と多数の短編小説がある。本書は、1964~1984年に発表された18の短編を収めたもの。長編小説の1/3ほどに登場する私立探偵マシュー(マット)・スカダーもの「窓から外へ」を除いては、すべて単発ものの短編である。

 

 前書きの中で作者は、短編小説は愛の産物だという。長編小説は、想を練り塹壕戦を戦うような忍耐力を持って書き上げる「労働」だが、短編小説はふと浮かんだアイデアを、その場で書き上げてしまう事ができる。だからこれは「愛」なのだ。別の言葉で言えば、短編は心の吐露あるいは発露なのだが、長編はそれによっての稼ぎが目標ということだろう。

 

 表題作の「おかしなことを聞くね」は、履きなれて心地よくなった中古ジーンズを売っているという男に、ちょうど良くなったジーンズを売るヤツなんているのかね?と青年が問いかける話。10ページ余りの後、ぞっとする結末が待っている。「成果報酬」も富豪の息子が殺人罪に問われて、富豪が高名な弁護士に「無罪」を依頼する話。晴れて息子は釈放されるのだが、そのための経費を弁護士が説明し始めると、依頼人は青ざめてしまう。この2作は、どの短篇集で読んだのか忘れたが、印象に残っていたものだ。

 

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 「あ、これがローレンス・ブロックの作品ね」というのは、今回の短編集で初めて知った。解説に「当代随一のストーリーテラー」とあるのは、伊達ではない。ふと思いついたアイデアを書き下ろしているだけあって、すべての作品の舞台は異なっている。大都会あり、田舎町あり、警官や元警官、弁護士や医師、殺し屋に泥棒と、多様な人物が主人公を務める。

 

 多分作者の頭の中に多数の舞台や主人公候補がいて、その場で浮かんだアイデアにふさわしいものが選択されるのだろう。練り上げたものではないので、長さもまちまちだ。本書収録の作品は20~40ページ、雑誌の連載などの制約がある日本の作家の短編集とは、由来が違うのだ。

 

 作者たち(例えばドナルド・E・ウェストレイク)は、「EQMM」や「ブラックマスク」という制約の少ない環境で育てられた。作家を育てるには「ミステリー雑誌」の寄与が大きいということでしょうね。