新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

とどめはEUそのものの病

 フランスや英国の視点から、EUの課題を勉強してきた。多くの国が言うのは「ドイツの一人勝ち・自分勝手」ということ。ユダヤ系フランス人のトッド先生などは、「メルケルのドイツ第四帝国」と呼ぶ。そこでドイツ事情に詳しい音楽家の川口恵美さんの書を読んだ。筆者はドイツ南部バーデン=ヴュルテンベルグ州の州都シュトゥットガルト在住、僕がかつて3ヵ月ほど通ったのがこの州のコンスタンツという町。本書にもスイスとの物価差があるので、スイス人が大量に買い物にコンスタンツにやってくる描写がある。

 

 本書の発表時期は、まだ「Brexit」が決まる前の2015年。しかし本書の内容は、ポーランドハンガリーEUに対し復興資金配分で異を唱えているように、揉め事の原因の多くは当時に存在していたことを示すものだ。当時からポーランドは一人当たりのEUからの助成金を受け取る額が、EU一番だったとある。

 

 今や(英国が抜けたが)27ヵ国にもなったEU、とんでもなく貧しい国もあり豊かな国もある。ユーロを採用している国も多い。しかし国際通貨レートで同格に置かれても、ドイツのように競争力のある国にとってはユーロは安く貿易に有利、ギリシアなどは逆にユーロが高く感じられ産業が痛めつけられる。

 

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 本書の書き出しは当時HOTだったギリシア債務超過問題、そもそもギリシア自体がまともな国家運営ができていない(収税すらでたらめ)ことに起因するのだが、ドイツが突きつける財政健全化をすれば市民生活が破綻する。すでに病院の40%が閉鎖されるなど、公共サービスはぎりぎりまで削減されているのだ。

 

 トルコからそのギリシアを通ってやってくるのが、中東方面(特にシリア)の難民たち。ハンガリーオーストリアを経由して、一番難民に優しいドイツを目指す。政治難民は原則受け入れだが、経済難民(出稼ぎ等)は受け入れない。しかしその審査が難しく、審査中に逃げたり紛争を起こしたりする。

 

 目指されるドイツも万全ではない。公共事業はどんどん削減されて、道路はアナボコだらけ。そうして財政健全化の模範生になろうとする姿勢には市民の批判もある。ひとつになろうとしたヨーロッパは、再び国境を立てる傾向にあるとの現地レポートだった。筆者はTPPに類似したEUと米国で議論されていたTTIPに、猛反対しています。ヒト・モノ・カネの自由流通がもたらす悲劇をみてのことでしょう。ただ僕は同意できませんがね。