本書は以前「フランスものしり紀行」、先月「ヨーロッパものしり紀行」を紹介した紅山雪夫氏の紀行シリーズ・ドイツ編。ローマ時代の遺跡(今でも使われているものも!)や中世の城塞、街並みを訪ねて回る旅行案内である。原本は1993年にトラベルジャーナル社から出版された「新版ドイツの城と街道」で、ベルリンの壁崩壊~ドイツ統一の後の出版なのだが、内容に旧東ドイツの地域を扱った記事は少ない。
始まりはローテンブルグからの<ロマンチック街道>、お約束のフュッセンから<ノイシュバンシュタイン城>についてはカラー写真も込みで35ページも割いて紹介してくれている。僕が仕事で過ごした町コンスタンツの記述はちょっとだけ(残念)、旅行で何度も行ったフランクフルトについては中世の鳥観図まであって、マイン川(ラインの支流)を抑える要塞都市だったことがよくわかる。
ライン川沿いの町や古城街道の記述があるが、やはり観光地は南側なのだろう。ボンより北の都市は全く紹介されていない。町の発展の経緯を見ると、ローマ時代になんらかの施設がローマ人(の土木技術)によって作られ、それがベースとなって大きくなったり、他の都市との交流路が形成されたようだ。
先月竹村公太郎先生の「日本史の謎は地形で解ける」で読んだように、都市の成立には、安全・食糧・エネルギー・交通流が必要だ。ドイツとその周辺については「交通流」の多くを担っていたのが、ライン・ドナウを始めとする河川である。日本に比べ流れは緩やかで、大きく水位が変動しない。河川舟艇での輸送には非常に有利な条件が整っていた。
近代にはニュルンベルグ付近でドナウとラインの支流マインを結ぶ運河も完成し、北海から黒海まで乗り換えなしの船旅も可能になった。NHK-BSで、オーストリアの船会社が主催するアムステルダムからブダ・ペストまでのリバークルーズの模様も見た。ドイツ語には男性名詞・女性名詞があるが、河川も男女の区別がある。ラインは男性なので「父なるライン」、ドナウは女性なので「母なるドナウ」というのだそうだ。
ドイツの観光地はどうしても南が多く、美味しいものも北には少ないと聞きます。「COVID-19」禍が治まったら、やっぱり南ドイツ旅行はしてみたいですね。