新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

冤罪者を決して出さぬよう

 以前、高木彬光短篇集「5人の名探偵」を紹介したが、その5人の内で僕が最後まで読まなかったのが、本書(1968年発表)の探偵役近松茂道検事のシリーズ。神津恭介を始めとして、作者の探偵役は颯爽とした青年のイメージが強い。しかし近松検事だけは、牛のような外観の40男、なかなか重い腰を上げないので「グズ茂」とあだ名されている。

 

 名刹神のごとき神津恭介というキャラクターに限界を感じ、リアルな犯罪とそれに立ち向かう法曹関係者を主人公に据えた作者。「捜査検事霧島三郎」が有名だが、実は「グズ茂」の方がデビューは早い。この2人の捜査検事には対象的なところがあって、東京のエリート青年検事が霧島三郎、地方検察庁を巡る中年検事が「グズ茂」となっている。ただ彼は本当にグズなのではなく、絶対に無実の罪に泣く冤罪者を出さないと誓って、慎重なうえにも慎重な捜査を追求しているのだ。

 

        

 

 本書では名古屋地検から神戸地検に移ってきた「グズ茂」が、中国人がらみの難事件に挑む。マンションの一室で、東南アジアの某国の大使館で通訳をしている中国人張が死んでいた。同じ部屋だ、血を流し意識を失った堀田という青年が保護された。犯人は張を鈍器(ゴルフクラブ)で殴った上で絞殺し、堀田をナイフで刺してクロロフォルムを嗅がせるという「4つの凶器」を駆使している。捜査にあたった山口警部は、犯人がなぜ4つの凶器を使ったのかに戸惑う。しかも堀田の乗ってきた車のトランクからは、血痕のついたスコップが見つかる。被害者はもう一人いて、どこかに埋められたかもしれない。

 

 警部は病院で堀田から事情聴取したのだが、彼は数年前に東北のある地点で気付いたとき以前の記憶を持っていないという。堀田と言う名前も最初に見つけた住民票から取ったので本名も分からない。状況から彼が殺人犯で、自ら被害者の一人を装ったと考えた警部は、逮捕状を求めるが「グズ茂」は首を縦に振らない。張や堀田の知り合いだという弁護士が「グズ茂」を訪れ、堀田は無実だという見事な論陣を張っていく。すると「グズ茂」は態度を変え、堀田を別件逮捕していいという。

 

 「破戒裁判」にあるような冤罪事件かと思わせて、作者はどんでん返しを用意していました。これまで読んでいない「グズ茂」シリーズも探してみることにしましょう。