新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

長十手の岡っ引き

 笹沢左保著「木枯し紋次郎シリーズ」で手に入ったものは全部読んでしまい、しばらく作者にもご無沙汰だったのだが、今回本書が手に入った。作者には多くの時代劇シリーズがあるが「紋次郎」ほど有名なものは少ない。僕自身も「紋次郎シリーズ」を最初に紹介した時に「常識外の長い十手を振り回すヤクザもどきの目明し」と本書の主人公「地獄の辰」を紹介している・・・いや「名前も覚えていない」のだから紹介したことにはならないだろう。

 

 本書は「地獄の辰シリーズ」の最初の短編集、1985年に文庫化されている。主人公の辰造は長身でやせ型、骨ばったニヒルな顔立ちと「紋次郎」に似ていなくもない。北町奉行所の磯貝同心に飼われている、岡っ引きである。多くの捕物帳で正義の味方に描かれる岡っ引き、これは正式の役職ではない。町民の暮らしや犯罪者の動向にうとい与力・同心が、お役目のために私費で飼う「密告者」のようなものだ。

 

 給金はないので女房に料理屋をさせたり、街中の問題に介入して礼金をせびったり、自らヤクザもどきのことに手を染めるものも少なくない。その結果、町民からは蛇蝎のごとく嫌われるのが普通だ。このあたり作者のリアリティさが活かされて、ハードボイルド捕物帳になっている。

 

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 中でも荒っぽいことこの上ない辰造は、深川堀川町の親分とか、御用聞きとか言ってもらえるはずもなく、江戸中で「地獄の辰」の名で通っている。辰造は磯貝同心にも心は許さず、普通は呼び出しにも応じない。ただ事件を嗅ぐ能力が高いので、自分の成績のためにも辰造を使おうと磯貝同心は手管を使う。

 

 7年前恋人のお玉が襲われて死に、その悪党を見つけて八つ裂きにするのが辰造が十手を持った理由。そこに付け込んでお玉を襲ったかもしれない犯人をエサに、磯貝同心は辰造を使う。辰造は60センチを超える長十手のほか、杖術の心得があって侍と向き合っても後れはとらない。本シリーズでは捕物道具がふんだんに登場するのも興味深い。

 

・袖からみ 2mほどの寄道具、先端の8本の鉄鉤で相手を拘束する。

・八方剣草隠れ 鶏卵に8種類の粉末を詰めたもの、投げつけて目つぶしにする。

・手の内 糸を付けた12センチほどの鉄棒、投げたり振り回して使う。

 

 「紋次郎シリーズ」同様、立派なミステリーになっていました。名前覚えていないとは失礼しましたね。