新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

名探偵勝海舟ともうひとり

 本書は文豪坂口安吾の手になるミステリー短編集であり、1950~1953年に発表された8編が収められている。作者は終戦直後に発表した「堕落論」や「白痴」で文壇の寵児となった人だが、昨年紹介した「不連続殺人事件」のようなミステリーも手掛けている。本書「明治開花安吾捕物帖」は、作者が1955年には亡くなるので、晩年の作品と言えるだろう。

 

 作品の時代背景は明治前半、中には明治維新のころから始まり、決着がその20年後というものもある。ほとんどの作品には、当時の知識人勝海舟と、作者の創造した紳士探偵結城新十郎が登場して推理を競う。その間を取り持つ「狂言廻し」役が、剣客泉山虎之介。彼は山岡鉄舟の弟子でもある。

 

 結城はモダンなスタイルの探偵、恐らくは警察に雇われているのだろう。重大な事件になると引っ張り出されるが、必ず虎之介を(ワトソンのように)連れて行く。1編50ページほどのうち、事件の経緯が35ページほど、結城の証人調べ等調査や解決が10ページ、残りが勝海舟の出番だ。

 

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 事件の調査を見た虎之介は、日を改めて恩師でもある勝海舟のところにやってくる。当時最高の知識人であった海舟は事も無げに事件の真相を暴く安楽椅子探偵役を務めるのだが、いつも結城新十郎が違う解決をして見せる。それを(よせばいいのに)虎之介が海舟に報告すると、海舟は言い訳のセリフと短い警句を吐く。

 

・(トリックを)オレはちゃんと見ていた。後は現場じゃなきゃわからん。

・(結城はよくやったが)偶然による他に、人智によっては知り得ない。

・(虎之介に)お前の目がフシ穴ゆえに間違えた。

・(宝石にからむ結末は)常にこのように意外なものだ。

 

 時代は「秩禄処分」の頃だったのかもしれない。武士が没落し、商人が台頭して外国人と交流し始める。庶民といっても貧富の差が激しく、貧しい者の生活は悲惨を極める。またそれゆえに悪い知恵も浮かぼうというもの。総じて旧旗本・御家人の家に元気がなく、カネをつかんでなり上がろうとするパワーがひずみと悲劇を生む事件が目立った。ミステリーは書いていても、人間(特に庶民)を見る目の厳しさは、さすがに文豪だと思いましたね。