新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ダウニング街10番地、1941

 太平洋戦争開戦前の日本の状況(2・26事件から東條内閣誕生等)については多くの著書があるし、米国の状況(ルーズベルトの不戦公約等)についてもいくつか資料はある。ヒトラーの戦争指導や日ソ不可侵条約などの他の関係国のことも、少しは読んである。しかしそういえば英国のことは、ダンケルク撤退からロンドン空襲のような実戦の話しか知らない。

 

 有名なインテリジェンス国家である英国が、1941年ころ何をしていたのか興味を持って読んだのが本書である。作者は2004年に京都大学で博士号を取り防衛庁戦史部門に進んだ人物。本書はその博士論文をベースとしている。冒頭インテリジェンスから政策決定に至る4ステップの説明がある。

 

(1)Collection

(2)Anarysis

(3)Evaluation

(4)Utilization

 

 前半がインテリジェンスで、後半が政策決定だという。本書はその活用の実例を、1941年ころの英国の対日情報活動で示してくれる。

 

 情報機関は複数あって相互に「仲が良くない」のも常識だ。お互いに情報を隠し合い、結局中枢には断片情報や矛盾した情報が集まることになる。1941年英国には、軍部・外務省・秘密情報部の3ルートがあった。その構成も複雑で、外務省・秘密情報部双方に所属する政府暗号学校(GC&CS)は関係機関に情報を上げるのだが、情報部ルートのMI5とMI6は、それを個別に中枢に上げる。同じ情報ソースでも、参謀本部(軍部ルート)を通るもの通らないものがある。

 

 首相となったインテリジェンスを過剰に愛するチャーチルは、ある程度組織を整理し情報が上がれば上がるほど喜んだという。自ら整理する能力があったのだろう。

 

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 1941年2月に日本がインドシナに圧力をかけ、英国は「極東危機」を迎える。この時点では日本の意図や能力などはほとんどわかっていないが、欧州戦線で手一杯なのも事実だ。そこで英国は対日諜報戦を仕掛け、外交暗号をGC&CSが解読したことで優位に立つ。

 

 英国の狙いは極東では単独で日本と戦わず、米国にかわりに戦ってもらうこと。英国は米国に日本の狙いを示す一方、日本に対しては「英米不可分」を印象付ける工作をした。結果は日本軍が真珠湾を攻撃し、英国の戦略は成った。最後に筆者は「もう半年前に、英蘭に宣戦布告し南方侵攻していたら、英国は瓦解していたかもしれない」と書いている。うーん、これも歴史のIFですね。