新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

戦争という仕事の9割

 1977年発表の本書は、ヘブライ大学教授で歴史学者のマーチン・ファン・クレフェルトが、16世紀以降の欧州における軍事行動を「兵站」に着目して整理した書。著者は発表当時31歳の若手学者だが、深い洞察と明快な語り口で俗説を「斬って」いる。

 

 「戦争のプロは兵站を語り、素人は戦略を語る」というが、戦争という仕事の9割は兵站に尽きるというのも事実だ。兵站について解説した書は多く、本書の取り上げる16世紀以降については、

 

1)軍需品倉庫を補給源とした常備軍時代(例:グスタフ・アドルフの戦争)

2)占領地からの略奪を主とした時代(例:ナポレオン戦争

3)基地からの永続的な補給に支えられた時代(例:普仏戦争~第二次欧州大戦)

 

 に分かれるとしている。これに技術的な輸送手段の改良や軍の規模・装備の変遷を掛け算して得られたのが、本書の論考。つまり、

 

1)少数の常備軍を支えるだけでいいし、輸送手段は馬。輸送物資の大半は人の食糧と馬の飼葉である。

2)軍の規模が拡大(ロシア侵攻の仏軍は60万人)して、補給物資を本国から運ぶのは無理、略奪に頼ることになる。

3)軍の規模はさらに拡大(ヒトラーソ連侵攻は350万人規模)、弾薬・燃料の消費が著しく増加。鉄道やトラック輸送の成否が勝敗を握ることに。

 

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 多くの戦争が取り上げられているが、焦点は時の軍隊がどんな物資をどのくらい必要としたか、どのくらい送ってもらえたか、目詰まりを起こしたのはどこかにある。例えばロンメル北アフリカ戦線では、

 

・1個装甲師団は350トン/日の補給が必要

トリポリからベンガジまでは600マイル

・350トンを600マイル運ぶには2トントラック2,400両が必要

 

 と数字を挙げ、ベンガジのさらに東トブルクを占領したのはいいが、補給が続かないのは明白としている。ロンメルは戦術・作戦には優れていたが、戦略面では将軍失格と著者は言う。

 

 よく架空戦記やゲームで、マルタを陥せばロンメルの補給が容易になりエジプトから中東まで進撃できたとされる。しかし現実のネックはマルタからの輸送妨害ではなく、トリポリ港の能力だったというのが著者の結論だ。

 

 このほかにもナポレオンがアウステルリッツで勝ってボロジノで負けた理由、シュリーフェンプランが計画は壮大だが実現不可能だったこと、線路幅の違いで苦戦したヒトラーソ連侵攻など、興味深い事例が満載の書でした。