新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

迷探偵と「使用人探偵団」

 一昨日P・G・ウッドハウスの「執事ジーヴズ」ものをご紹介した。「間抜けた主人と賢い従卒」タイプの短編で、慇懃な執事ジーヴスは気弱な青年貴族バートラムを助けて大活躍する。1920~1930年代の物語だったが、本書(1993年発表)はロマンス作家エミリー・ブライトウェルが、ミステリーデビューを飾った作品。執事ではなく家政婦のジェフリーズ夫人が、料理人・馭者・従僕・メイドを従え「使用人探偵団」を結成して主人を助ける物語だ。さすがに現代では難しいシチュエーションだからか、舞台設定は1800年代のロンドンとなっている。

 

 独身貴族(本当の貴族!)のウェザースプーン氏は、ロンドン警視庁の警部補。近年名探偵の名声が高まっているのだが、本当は優しい人柄だけが取り柄の「迷探偵」。その理由は、3年前に雇った家政婦ジェフリーズ夫人が事件を解決しながら、巧みに警部補に華を持たせるから。警部補は自分でも気づかぬうちに夫人の奨めで容疑者に逢い、用意してもらった証拠を「発見」し、真犯人を捕まえることになる。夫人は、

 

・地獄耳の料理人グッジ夫人

・何事にも挑戦する馭者スミス

・素直な従僕ウィギンズ

・賢いおしゃべりメイドのベッツィ

 

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 を指揮して捜査にあたる。帰宅した警部補をヨイショして捜査情報を聞きだすだけではなく、ワインなど与えて翌日の捜査手順まで刷りこむ。もちろん自分で現場を調べたり、証人にしゃべらせる工夫もする。

 

 今回の事件は嫌われ者のスローカム医師が、吐剤のビンを手に死んでいた事件。その日すべての使用人は休日を貰って外出中、昼食のスープに毒キノコが入っていたのではと疑われる。近所にはアメリカ人の老婦人、美しい未亡人、アフリカの戦績で勲章をもらった退役大佐などが住み、発見者は医師仲間だった。近所の人も使用人も誰一人「いい人」とは言わない胡散臭い人物で、相当恨みを買っていたらしい。

 

 事件を担当することになったウェザースプーン警部補だが、同僚のニーヴンズ警部補は彼の名声を嫉んで「誰かに助けられている」と疑り、尻尾を掴もうと躍起だ。同僚の目をかいくぐりながら「使用人探偵団」の隠密捜査は続く。

 

 本来短編のネタを300ページまで引き延ばすには、非常に面白い趣向。例えばジェフリーズ夫人は「こういえばいいのに」と警部補の尋問にハラハラしながらも口に出せない。名探偵がジレンマを抱えながら活躍する話、面白かったです。