新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ケラーは旅が好きだ

 ローレンス・ブロックという作家にはシリーズものが3種あって、以前何作か紹介したマット・スカダーものが17冊翻訳出版された以外は、泥棒バーニイものも怪盗タナーものも書店で見かけない。ただ米国ではサスペンス小説で名の通った作家である。マットものの「800万の死にざま」は映画化もされ、各賞受賞もしている。自身も、1994年にMWAの巨匠賞を受賞している。

 

 そんな作者が、ユニークな主人公「殺し屋ケラー」を連作短編で書いたのが本書。1990年の「名前はソルジャー」から1998年の「ケラーの引退」まで10の短編が収められている。ケラーはニューヨーク在住の独り者。殺人の依頼を仲介する事務所から連絡があるとターゲットが住む街に出かけ、じっくり状況を見極めてからしかるべき手段で殺人を実行する。

 

 銃やナイフを持ち歩くことはなく、必要になったら現地で調達し使用後は沼の下などに「処分」する。決して銃の名手でもないし、格闘に秀でるわけでもない。最大の武器は冷製な観察力と、事故や自然死に見せかけるナレッジだ。

 

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 「殺し屋」というと「必殺仕掛人」のようなものを思い出すが、ケラーはターゲットが悪い奴だから怒りを込めて・・・と言うようなことはない。逆にターゲットがいい奴だと、なんとか依頼人に依頼を取り下げさせようとする。冷静なのだが、冷酷非情ではないのだ。MWA短編賞受賞作品「ケラーの責任」では、ターゲット家のパーティで偵察中にターゲットの孫息子がプールで溺れているのを助けて、メンが割れてしまう。

 

 10作ともなんとも不思議な40~50ページのストーリーである。殺人依頼⇒ケラーが「旅」に出る⇒ターゲットを観察⇒殺人を決行⇒ケラーがニューヨークに帰着・・・という展開で終わることはなく、必ず何かが狂う。ケラーは大都会も嫌いで、仕事で行った街でレストランを含めて「味見」をして住みやすいかどうかと品定めしている。

 

 同じくMWA短編賞受賞の「ケラーの治療法」では、殺し屋ゆえか毎晩見る悪夢をなんとかしようと精神科医に通い、医師と禅問答を繰り返す。一方で殺しの瞬間の選び方や殺人の手口、凶器の始末の仕方などは鮮やかそのものだ。正直評価の難しい短編集で、もう1冊あるらしいのですが見つけても買うかどうかは・・・その時までわかりません。