アルファベット順にタイトルを付けるスー・グラフトンの「キンジー・ミルホーンもの」。これまで「証拠のE」までを紹介してきて、本書(1989年発表)が第六作。32歳のバツ2女キンジーは、生まれ故郷のサンタ・テレサで私立探偵をしている。身寄りのない彼女だが、家主のヘンリー老とは親子にも似た交わりがある。
今回、彼女のもとに持ち込まれた依頼は、17年前の殺人事件で有罪となった息子の罪を晴らして欲しいという80歳近い病んだ老人からのもの。時給30ドル+経費で本件を引き受けた彼女は、サンタ・テレサよりもさらに田舎の町フローラル・ビーチにやってきた。
ここは南カリフォルニアの保養地で、住民は1,000人ほど。ほぼすべての人が顔見知りで、キンジーすらも「都会っ子」に見えるローカル色豊かなところ。依頼人が経営するモーテルに滞在して聞き取り調査に周る彼女だが、行く先々で連絡先を告げると、
「あ、知っているよファウラーさんのところね」
と電話番号すら聞こうとしない人ばかり。人的ネットワークは、完璧でかつ閉鎖的だ。依頼人の息子ベイリーは、17歳の時にハイスクールの同級生ジーンを殺した罪で手配されたが、偽名を使って逃亡を続けていた。それが別件で捕まり指紋照合で、殺人事件でも逮捕されてしまったのだ。
事件当夜ベイリーとジーンが現場近くでイチャついていたとの目撃情報があり、ベイリーも犯行を否認しない。ベイリーは同級生タップと組んだ強盗事件を何度か起こした前科があり、ジーンは誰かれなしに関係を持つ娘。ある意味ありふれた事件だった。当時の、警官・検察官・ハイスクールの校長・同級生・医師たちに聞き込みをしているうちに、公判の場からベイリーが逃亡する事件が起きた。タップがショットガンを持って殴り込み、自分を犠牲にしてベイリーを逃がしたのだ。
しかしタップの銃には、実弾ではなく岩塩が詰まっていた。一体だれが頭の悪いタップをけしかけたのか?探り回るキンジーには、再三「手を引け」との脅迫電話がかかる。
「よそ者探偵」キンジーに向けられる、町の人達の視線は厳しい。なぜいまさら昔の(町の)傷に触れようというのか?カリフォルニア州にも、こんな(例えばノースカロライナのような)田舎町があり、美しい自然と変わらない人々がいた。
事件そのものよりも、美しい街でのキンジーの苦闘が目立つお話でした。