新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

監察医が診た社会の病理

 本書は20,000体以上の死体を解剖した伝説の監察医上野正彦先生の、最新書き下ろしエッセイ(2014年発表)。著者には、「死体は語る」など法医学の専門的な視点から40冊ほどの著書がある。本書は特に近年日本で増えているDV、いじめ、孤独死などを「社会の病理」と捉えて、どう対処すべきかを論じたもの。

 

 著者が一番強く主張したかったのは、監察医制度があるのは東京・横浜・大阪・名古屋・神戸の大都市だけ、監察医務院という独立機関をもって制度を完全医遂行できるのは東京だけということ。監察医制度の有無というのは、本書の例を引くと、

 

◆中学生同士が殴り合い一人が死んだ事件

 一般医:皮下出血も内臓破裂もなく、心筋に異常があったのでストレス心筋症と判断、病死なので事件性は無し。

 監察医:血尿の跡を発見、腹部打撲による神経性ショックによる死亡と判断、傷害致死事件と考える。

 

 のような差が出てくる。相撲部屋でのシゴキ(いじめ?)によって17歳の新弟子が死亡した事件も例に挙げられていて、監察医が診たところ稽古で付いたとは思えない多数の傷が見つかり、一般医の「急性心不全」という診断を覆し「外傷性ショック」で事件性ありとしたことが紹介されている。

 

        f:id:nicky-akira:20210118205440j:plain

 

 死因の分からない死体を「変死体」といい、外部要因によって引き起こされたと思われる「外因死」は全て変死扱いで、警察の捜査・監察医の検視が行われる。また多くの突然死も変死に準じた扱いになる。東京23区では毎日20~30の変死が発生するというから、監察医が忙しくなるのは当たり前。上記5都市以外での変死の件数や、それらがまともに「捜査」されているのかについて僕は不安に思う。逆に殺人者の立場に立てば、5都市特に東京での犯行は絶対に避けるべきということである。

 

 筆者の引退後、増えてきたのが「孤独死」。ピンピンコロリが理想だと言っても、ポックリ死は変死なので、寝たきりとは違う迷惑をかけるものだと筆者は言う。賃貸住宅の一人暮らしで、死後時間が経ちミイラ化して見つかるケースも増えている。意外だったのは高齢者の自殺指数(1万人あたりの自殺者数)が

 

・家族と同居 5.45

・一人暮らし 3.33

・夫婦二人暮らし 1.65

・子供と二人暮らし 0.39

 

 となっていて、家族内のコンフリクトが自殺原因になっていることがわかる。僕ら夫婦にも、とてもいい死に方の参考書でした。