新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

科学捜査に飽きたなら

 本書は日本推理作家協会(理事長:東野圭吾)が、時代推理傑作選として編纂したアンソロジー。8編の江戸時代ものの短編が収められていて、原本はまちまちなのだが故人でもある作者の作品も含めて徳間文庫オリジナルとして2009年に出版されている。

 

 「江戸時代には、電気もガスも水道もない」と東野理事長が序文に書いている。意図するところは、現代のような科学捜査は出来ない中で、純粋に謎解きを楽しめる時代設定だということだろう。

 

 TVドラマの「CSI」や「NCIS」では、指紋や旋条痕などはもちろん、DNA鑑定、ビデオ映像からの顔識別、携帯電話の電波追跡、電子データの解析など多種多様な科学捜査が可能で、従来型の犯罪はやりにくくなっている。サイバー空間での犯罪はやりやすいのだが、ミステリーとして扱うには難しい面(ある程度のサイバー知識がないと面白くない)がある。

 

        

 

 理系のミステリー作家である東野理事長は、それを痛感して本書の企画をまとめたのだろう。選ばれた8人の作者は、年代も作風もバラバラ。「銭形平次シリーズ」で有名な野村胡堂は1963年に亡くなっているが、その時「茶巾たまご」の作者畠中恵は4歳だった。

 

 シリーズものの第一作になった短編も2編。

 

逢坂剛の御先手本与力近藤重蔵シリーズ「赤い鞭」

泡坂妻夫の目明し宝引きの辰シリーズ「目吉の死人形」

 

 ちょっと近藤重蔵がスーパーマンすぎることを除けば、興味深いキャラクターである。定番の時代劇ヒーロー人形佐七や、眠狂四郎も鮮やかな推理を見せる。「このトリック、どこかで見たな」と思わせるのも、またご愛敬である。

 

 何作かが「怪談もの」であるのも、冒頭の怪奇な謎が求められるミステリーゆえである。江戸時代の怪談は庶民の娯楽でもあった。「目吉の死人形」の恐ろしさと奇術トリックはさすがである。

 

 科学捜査に飽きたなら、こういうアンソロジーもいいですね。