新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

米国出版業界の内幕

 SF小説の大家アイザック・アシモフは、本当にミステリーが好きで「黒後家蜘蛛の会」という短編集を5冊も出版している。以前紹介した「鋼鉄都市」(1953年)は背景こそSFなのだが、手法は本格ミステリーをなぞったものである。この作品は世界ミステリーベスト100にも挙げられることがあり、立派なミステリーとする評論もある。しかしどうしてもSFとして読んでしまう読者も多かろう。何しろ被害者は宇宙人、探偵役の相棒はロボットなのだから。

 

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 それに比べると本書は、純粋なミステリーである。発表は1976年、作者のアシモフも文壇の重鎮になり、出版業界のいろいろな側面を経験したことが本書の細部に生きている。ABAとはアメリカ図書出版協会の略号、出版社や大手書店が構成員だが、当然作家もその仲間に入る。年に一度のこの協会の総会では、ベストセラー作家の新作発表やサイン会、出版社のプロモーションが公式に走るのだが、裏では大手書店と出版社、作家の契約交渉などが行われる。
 
 中堅作家のダライアスは、生意気な後輩ジャイルズが話題の新作を出そうとしていることに苦り切っていた。以前ダライアスを持ち上げていた出版社社長も、ジャイルズの肩を持つようになっている。ジャイルズは大家のアシモフ(実名で登場!)と並んでサイン会の主役になる。
 
 ところが、総会会場のホテルに泊まったジャイルズは翌朝死体で発見される。第一発見者のダライアスは現場で麻薬の粉末を見つけたのだが、警察が現場検証するときには麻薬の跡は無くなっていた。事故死説に傾く警察に対し、これは麻薬にからんだ殺人だと信じるダライアスは単独捜査を開始する。物語は、ABA総会の4日間にダライアスが会った人の名前を小見出しにして展開される。アシモフダライアスのやりとりも、何度も出てくる。まるで掛け合い漫才のようだ。
 
 正直ミステリーとして優れているとは思わないが、出版業界の裏話として読むと興味深いものがある。しかしアシモフ本人が再三登場するのは、ちょっと悪ふざけが過ぎるように思う。「黒後家蜘蛛の会」でも時々出てくる「稚気」だが、本格長編の中では浮いた感が強い。