新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

684部隊の悲惨な暴動

 1971年8月23日、極秘のうちに訓練を続けていた空軍684部隊の「兵士たち」が叛乱を起こし、教育兵の大半を殺害して脱走した。場所は仁川沖の無人島「実身島:シルミド」。彼らはここで、3年余りの期間、厳しい訓練を受けていた。正式な軍人でもなく記録には一切残されない幽霊部隊の目的は、金日成主席宮を爆破し主席を暗殺すること。

 

 31人いた訓練生は訓練中の事故や、粛清で7名を失っていた。本来3カ月で任務に就くはずが予定は延び延びになり、待遇も悪くなっていった。そして自分たちが無用のものとして粛清されると考えて脱走に及んだのだ。彼らは仁川に上陸後、青瓦台を目指し「朴大統領の真意をただす」と民間バスを乗っ取りソウルに入るが、阻まれて自爆死を遂げる。4人が生き残ったが、秘密裏に裁判と処刑が行われた。

 

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 1968年に北朝鮮工作員31名がソウルに侵攻、朴大統領の首を狙ったが未遂に終わった。これに報復せよとの朴大統領の指示に、浮浪者・囚人・サーカス団員などが集められ684部隊が編成された。しかし報復の機を逸し、国連復帰した中国の仲介・ベトナム戦争で痛手を負った米国の状況もあって、金主席暗殺部隊は韓国軍の重荷になっていったのだ。

 

 事件のすべては国家機密とされ、関係者も裁判後25年間は口外を禁じられていた。筆者のイ・スグァンは2000年以降事実の調査と関係者への聞き取りをすすめ、2003年に実録小説として本書を発表している。

 

 主人公は31名の訓練生なのだが、中でも筆者と同郷(忠清北道堤川出身)の若いスリ、キム・ジュノに多くの筆が費やされている。ジュノは親元から逃げるようにソウルに出てきてスリになり、23歳で前科2犯。年上の女ユンジュと知り合い愛し合うのだが、彼女のヒモを殺してしまい死刑囚になった。

 

 報復部隊はどうせ「エクスペンタブルズ」、正規兵を使いたくない韓国軍は、そんなジュノをリクルートした。「国に忠誠を尽くせば、死刑は取り消し、将校になれる」と。他の訓練生も、例外なく下層のものたち。身寄りがないか、親元と縁がないものが選ばれた。

 

 同名の映画があり、解説は本書との微妙な違いを指摘するが、映画を見ていない僕には理解できなかった。いずれにせよ、今も続く韓国社会の病理と北朝鮮との関係で揺れ動く政治問題がヴィヴィッドに描かれた作品と思いました。