新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

最後の1行の衝撃

 意外なことだが、ロアルド・ダールの作品を紹介するのは初めて。本書も高校生の頃に一度読んで、衝撃を受けた記憶がある。本書の中の「南から来た男」などは、細かな点まで覚えていた。実は、本書は50年前に読んだものとは違う新訳。訳者の田口俊樹は解説の中で、高名な詩人でもある田村隆一の先訳があったことにプレッシャーを感じたと言っている。恐らく本書だけでなく作者の作品は出版社でも絶版になっていて、新訳がなかなか出せなかったのだろう。

 

 作者は1916年にウェールズの首都カーディフ生まれ、第二次世界大戦中はパイロットとして従軍。戦後1946年に短篇集「飛行士たちの話」でデビューした。サキやO・ヘンリーのような奇妙な味の短編が主で、特に最後の1行で読者に「あっと言わせる」のが得意である。

 

 本書は作者の代表的な短編集で、20~40ページの10編が収められている。「南から来た男」を含めて、半分以上は何らかの賭けが絡んでいる。「我が愛しき妻、可愛い人よ」では2組の夫婦のブリッジ勝負が描かれるが、高校生の僕はブリッジを知らず賭けについては理解できなかった。ポーカーなら分かったのだが・・・。

 

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 「味」はワイン通の2人のグルメ(当然富裕層)が、ラベルを隠したワインの産地からどの畑か、収穫年はいつかを当てる話。賭け金(?)がエスカレートして、家2軒対一人娘というとんでもないレートになる。娘を賭けた父親は「あてられっこない」というのだが、相手は着実に産地や畑を絞り込んでくる。「サンテミリオンだったらこんなに軽くない、明らかにメドックだ」などというくだりは、今にして少し分かるかなという程度。高校生には無理な話だった。

 

 極めつけは「おとなしい凶器」、殺人事件で凶器が見つからないと探しあぐねている警官たちが「多分俺たちの目の前にあるのさ」と言うシーンは、これ以上ないブラックユーモアである。「皮膚」や「首」には、どことなく芸術至上主義の香りがする。人命よりも芸術が優先する富裕層のマニアの世界だが、犠牲者のことはほんの匂わすだけにしているのがセンスの良さか皮肉な(作者の)笑みかは分からない。

 

 前約から半世紀以上たっての新訳、堪能しましたし僕自身の50年の「成長」も確認できました。