新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

難しいミステリー手法

 深谷忠記という作家は才人である。理系(化学)の出身ゆえに、DNAをモチーフにした作品にも迫力がある。その一方で、日本の歴史にも詳しく「歴史推理もの」も書いている。特に本書は、柿本人麻呂山部赤人が同一人ではないかとの謎に挑んだもので、大変な労作である。

 
 全体600ページ弱の中に、話中話として雑誌に6回連載される設定の「同一人仮説の検証」が挿入されていて、これだけで200ページ近い分量がある。この検証話は、連載後単行本として発刊されることになっている設定だから当たり前ではある。加えて人麻呂・赤人の全ての歌が添えられているし。これそのものが謎解きの鍵なのだから、必然性もある。巻末に(小説としては)膨大な参考文献が記載されていて、作者がこれらを読み込んで本書の想を練り、細部を整えたことがわかる。
 
 歴史話とミステリーの組み合わせには多くの作家が挑んだ。高木彬光の「邪馬台国の秘密」などは、神津恭介が入院中に歴史の謎に挑む「時の娘」タイプのもの。井沢元彦のデビュー作「猿丸幻視行」はタイムスリップも交えたもの。それらを意識したかどうかは別にして、本書は話中話をはさむ形で進行する現在の殺人事件の謎もからんでくる難しいミステリー作法に、作者は挑戦したのである。

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 レギュラー探偵の文芸編集者笹谷美緒が、覆面作家飛島とその代理人北川に誘われて話中話の「人麻呂・赤人同一人仮説」の議論に加わることになる。連載5回まで原稿ができたところで北川が殺害されて飛島とも連絡が取れなくなり、解決編の第六回の原稿が宙に浮いてしまう。
 
 「人麻呂・赤人同一人仮説」の話は面白いのだが、何しろ古文が一杯でてくるので普通の読者には負担になる。現在の殺人事件はといえば、実質的に容疑者は2人だけ、あっさり解決してしまう。名探偵黒江壮の推理もありそうな仮説を繰り返すだけで、正直持ち上げているのは作者と作中人物だけ。作者の挑戦には敬意を払うものの、成功作というには疑問符が付きました。これはとても難しいミステリー作法ですね。