新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

スパイするという事は待つ事

 本書は、英国推理作家協会賞(スティール・ダガー賞)を受賞した2012年の作品。作者のチャールズ・カミングは、現代英国のスパイ小説の旗手とも言われている。英国秘密情報部(SIS)に誘われたこともあるのだが、誘いは断ってスパイ小説を書き始めたという。SISは僕らには「MI6」と言ってもらった方が分かりやすい組織。

 

 本書の主人公トーマス・ケルは43歳、故あってSISを追われたが優秀なスパイである。ケルも親しくしていたSISのアメリアが、次期SIS長官に内定した。ところがアメリアは組織の誰にも告げずに行方をくらませた。SISの幹部は、ことが公になる前にアメリアの居所を探してくれとケルに依頼してくる。

 

 アメリアもプロのスパイだから、手がかりも残さず誘拐されたり殺された可能性は低い。ケルは彼女が自らパリからニースに向かい、そこから北アフリカに渡ったことを突き止める。パリで彼女は定年退職して夫婦でチュニジア旅行中殺害された、マロ夫妻の葬儀に出ていたらしい。

 

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 実はアメリアにはSISに入る以前、まだ学生時代に息子を産んだことがあり、息子はマロ夫妻に育ててもらっていた。マロ夫妻が殺されたことから、彼女は初めて息子に会う決断をしたのだった。そして彼女は葬儀の後、チュニジアで成長した息子フランソワとのひと時を楽しんでいたのだ。

 

 二人を追ってチュニジアにやってきたケルは、アメリアの無事を確認するのだが、フランソワの周辺に気になることをいくつか見つける。もうじきSISの長官になるアメリアである。もし彼女に何かあれば、英国そのものに危機が及ぶかもしれない。ケルはSISから応援を呼び寄せ、フランソワの周囲を洗い始める。

 

 派手なアクションシーンはほとんどなく、何度も「スパイするという事は待つ事」との主人公の独白がある。パスポートやクレジットカード、偽りの経歴などのカバーを用意することから、目標への接近の仕方、正体がバレそうになったときの言い逃れなど、地味だが綿密な計画が何重にも準備されている。このあたりのち密さは本当にリアルで「現代スパイ小説の旗手」との評判はダテではない。

 

 作者が本当にSISに誘われたのかは不明です。そんなことは公開しないはず。それでもスパイの生態をヴィヴィッドに書けるのは確かですね。続編も探してみましょう。