新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

英国紳士流のアイロニー

 本書は、以前デビュー作「百万ドルを取り返せ」を紹介したストーリーテラージェフリー・アーチャーの短編集。デビュー作以下、多くの長編サスペンスを発表している作者だが、意外なことに短編集は1980年に発表された本書だけらしい。作者はオックスフォード卒で、20歳代で国会議員になったというエリート。しかし詐欺に遭って無一文になり、デビュー作を書いて印税で取り返したという。その後も種々のスキャンダルに巻き込まれているが、筆の方は確かな腕前。

 

 本書には、精々40ページの短編が12編収められている。キリスト教徒でないと分かりにくい歴史もの「最初の奇跡」や、クリケットについての知識がないと理解できない「センチュリー」の評価は難しいが、他の作品についてはおおむね<上流社会のアイロニー>がテーマ。それゆえ、最後の1行で読者はなんらかの感動を受けることになる。

 

        

 

 「ヘンリーの挫折」は、エジプト貴族の青年ヘンリーがロンドンに留学し、パリに遊学する。ホテルは一流でスイートを常にキープ、船や列車も1等室を借り切っている。しかし第二次世界大戦でそんな暮らしが出来なくなったのに、戦後妻との旅行で、

 

・お金で切符を買わなくてはいけない

・列に並ぶというのも初めての経験

・ようやく手に入れた切符は3等車

・ホテルの部屋が空いていないことに愕然

 

 とする。「ある愛の歴史」は、学生時代から言語学の世界で天才の椅子を争い続けた男女の話。お互いに顔を見ればいがみ合い、「愚かな女」「尊大ぶった男」とののしり合う。普通1人しか得られない賞も2人で分け合い、大学でのポストも同時に昇進、そのうちに愛が芽生えて結婚することに。しかしその後もいがみ合いは続き、老教授となってもののしり合いは止まない。しかしそんな2人にも別れの時が・・・。

 

 O・ヘンリーやサキとも違う、不思議な短編集でした。最近書店で見かけない作者の本、もう一度探してみましょうね。