新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ホワイトハウスの殺人狂<我々>

 ちょっと変わった作家ビル・プロンジーニは、「名無しの探偵」シリーズが有名だが、これも単純なハードボイルドで割り切れない「奇妙な味」を持った連作である。作者はほかに何人かの作家と合作をしていて、その中でも多いのが本書(1977年発表)の共著者バリー・N・マルツバーグマルツバーグはSF作家だが、ある日自分が書いたけれど売れない短編をプロンジーニに送り、アドバイスを求めた。

 

 プロンジーニは一部を修正して共著作として発表、これが成功した。以降2人の作家は「魂の兄弟」になる。しかしいずれの作品も「ちょっと変わった」を超えた、ユニークなものばかり。シリーズものはなく、それぞれに意表をつく仕掛けがある。プロットそのものがトリックのような作品群だ。

 

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 本書の舞台は米国大統領府、1期目の終盤オーガスティン大統領の支持率は急落していた。前半は融通無碍な外交と好景気で60%以上あったものが、このところの失政・失言をメディアにたたかれて30%を下回るほどになってしまった。カリフォルニアの自宅ハロウズ荘で過ごす時間が長いとの批判もあるが、彼にはワシントンの空気は耐え難い重さなのだ。今日もイスラエルの核実験に否定的なコメントをして国内ユダヤ団体から糾弾され、インディアン居留区の紛争解決もできず「弱腰」と叩かれてしまった。

 

 そんな彼には「ひいきの引き倒し」的な動きをする者もいる。<我々>と名乗る者で、ホワイトハウスの中にいて大統領をどんな手段を使っても助けると、大統領を裏切るものたちを抹殺しようとする。重圧に耐えかねて予定を繰り上げてハロウズ荘に行くことにした大統領を非難した報道官が、最初の犠牲者になった。

 

 そして次期大統領選挙では勝てないから辞任せよと迫る司法長官にも、<我々>の魔手は伸びる。多分民主党大統領だろうオーガスティンの趣味は鉄道、ハロウズ荘には大掛かりな鉄道模型を走らせる施設があり、カリフォルニア空港からハロウズ荘までは特別のお召し列車に乗る。広大な牧場と妻を愛する大統領は、政治舞台で心身を病んでいた。

 

 <我々>という言葉にヒントがあるとは思っていたのですが、幕切れは想像を超えたものでした。ポリティカルフィクションだと思っていたのが間違い。すっかり作者たちに騙されましたよ。