新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

匿名作家ロラック、本邦初登場

 英国の本格ミステリー作家には、女流が多い。女王クリスティをはじめセイヤーズやアリンガムから近年のP・D・ジェイムズなど枚挙にいとまがない。そんな中で、最近まで日本に紹介されていなかった大家がいる。それが本書の作者E・C・R・ロラック。匿名作家であり、死後キャロル・カーナックと同一人物であることが明かされている。

 

 作者は70作近いミステリーを発表していて、一番多いのがマクドナルド首席警部を探偵役にしたもので46編ある。1931年の「The Murder on the Burrows」でデビューした作者のレギュラー探偵である。本書(1938年発表)では、彼が自らの車に乗せられた死体を発見することから物語が始まる。

 

 第二次世界大戦が間近に迫った晩秋のロンドン、街は仮装行列であふれていた。中国人に扮した大規模な行列や、さまざまな扮装をした人々が盛り場や街中を歩いている。マクドナルドは帰宅途中ひったくり犯を目撃、車を降りて被害者を助けるが、その間にメフィストフェレスの扮装をした男の死体が車に放り込まれていた。

 

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 マクドナルドの車と同じ色・車種を持っている老優の車には、ナイフが突き立てられていた。どうも犯人は死体を放り込む車を間違えたらしい。ナイフで一突きされて死んだ被害者は、立派な悪魔の扮装をしていた。しかしその身元は容易に突き止められない。マクドナルドは当日「退役軍人支援舞踏会」に参加・運営していた人たちに、地道な聞き込みをする。

 

 この舞踏会の主催者・関係者には、外国帰りの人が多い。主催者のミス・フィルスンなどは中国調の屋敷に住み中国人の老メイドにかしずかれている。やがて分かった被害者の正体は、田舎貴族の放蕩息子ポールで、第一次世界大戦以降世界の紛争地を渡り歩く「紛争ゴロ」だった。

 

 彼は冷酷ですこぶる評判の悪い美男子で、近年はドイツ・ソ連・フランスの政府/反政府勢力とつながっている。イタリアではうまくいかず、2年前にスペイン内戦でフランコ軍を支援し、赤軍の銃弾で死んだと思われていた。

 

 2つの大戦間に落ちぶれていく貴族たちの焦りを背景に、スコットランド出身のスマートなマクドナルドが事件を解決に導く。実にケレン味のない上質なミステリーですが、これ(2013年出版)が本邦初訳とは驚きです。まだまだ世界に隠れた名作・名作家はいるのですね。