新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

甦った聖人、ヴァチカンへ

 1984年発表の本書は、グローヴァー・ライトの第三作。元はミュージシャンだった作者は、60年代に米軍の依頼で各地の慰問に行き、軍隊との接点を持った。後にドバイのクラブで歌うようになり、支配人になって現地の特殊部隊員らと交流を持った。英国特殊部隊員の活躍を描く「The Torch」でデビューし、ジャック・ヒギンズらから賞賛されたという。

 

 しかし手に入った邦訳は本書だけ。他の作品は翻訳もされていない可能性がある。というのも、最初に訳出された本書が、日本人には分かりにくいキリスト教色の強いものだったからだ。冒頭ヴェトナム戦争で、米軍特殊部隊のマイクルらが北の領域へ潜入し、神父を残虐な磔にし、尼僧たちをレイプする北の軍人たちと戦うシーンは迫力がある。マイクル以外の兵士は犠牲になったが、瀕死のラベース神父の救出には成功した。しかし潜入目的だった作戦は失敗、救援に来た部隊に犠牲者も相次ぎ、マイクルは軍を追われた。

 

 十数年後、ロンドンにいたマイクルは目を負傷したジャーナリストのキャサリンと知り合い、短い恋を経験する。そのころイスラエルの病院で生命維持装置で生かされていたラベース神父の「死」が決まり、装置のスイッチが切られて神父は死んだ。

 

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 しかし死の確認から9時間後、神父は甦生してやがて歩き出し「天国はここにある」とつぶやく。折からローマ法王を乗せたプライベートジェットがフォークランド沖で消息を絶ち、ヴァチカンは2つの事件を同時に抱え込むことになる。ピエール・ラベース神父は9時間の死んでいた間に天国でイエスに会ったといい、自分は「聖ペトロ」だと言い始めた。磔に懸けられたり、甦ったりしたことで、ラベースは「わが主」と見られ始める。

 

 負傷が癒えたキャサリンは、マイクルがラベースを助けた時に手にした十字架を見せることで唯一人ラベースのインタビューに成功する。一方フォークランドで法王の死体が見つかり、ヴァチカンは恐慌状態に陥る。「聖ペトロ」がローマに向かっていて、このままだと次の法王の座に就いてしまいそうだからだ。

 

 最後に(やや救いがないのだが)再びマイケルの軍人としての活躍があります。しかし長い中盤の宗教論争は、無宗教の僕にはわかりにくいことばかり。ある意味、軍事スリラーとしては竜頭蛇尾なお話でした。