2021年発表の本書は、ウクライナ紛争で一躍「時の人」となったロシア研究者小泉悠氏の「ロシアの戦略論」。大兵力を投入しながらウクライナでの電撃戦は果たせず、初期投入兵力の9割を失ったともいわれるロシア軍。装備の古さ、士気の低さ、指揮の拙劣さ、兵站の甘さが目立つのだが、軍事理論をしてはかなりの能力を持っていることが、本書で示される。
例えばゲラシモフ参謀総長は、2013年に「ゲラシモフ・ドクトリン」と後に呼ばれる演説をして、
・戦争の法則が大きく変化
・目標達成のための非軍事的手段が増大している
などと示した。他にも現代戦の特徴を顕す言葉が、研究者から提示されている。
・非接触戦争 離れたところから長期にわたって敵経済力の破壊を狙うもの、精密長距離誘導兵器やサイバー戦がこれを可能にした。古典的な野戦軍の価値は低下する。
・非線形戦争 長く連なる戦線で対峙するものではなく、方々で不連続に火の手が上がる。人の命より心を狙うのが主体で、平時と戦時の差がなくなる。
世界中のあちこちで紛争が起き、かつサイバー空間ではグレーゾーンというより戦時に近い現状。戦争がユビキタス化してしまった状態を、彼らは正確に捉えていたことになる。
戦術的にも、示唆に富む例があった。それは2020年の第二次ナゴルノ・カラバフ紛争。第一次では苦杯をなめたアゼルバイジャンが、トルコの後ろ盾も得て偵察用ドローンを活用、アルメニア軍を上空から「丸裸」にして、砲兵戦・機動戦で圧勝(*1)している。しかし最終的に歩兵戦闘となって、双方3,000名ほどの戦死者を出した。すでにドローンの戦争は始まっていたのだ。
ロシアの戦略は、市民蜂起に対応する治安行動から地域紛争への対応が中心だが、大戦争には勝てない「弱さ」を意識しているという。しかしロシアは「リアル空間・サイバー空間、核兵器からレーザー兵器まで、あらゆるものを動員して敗北しないように戦い続ける」ことを目指し、現在も実践しているとある。
これでは、世界の紛争は決して終わりませんね。困ったことに・・・。
*1:AFVの損失の例、アゼルバイジャン42両、アルメニア191両
火砲の損失の例、アゼルバンジャン2門、アルメニア198門