新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

マット・スカダーのデビュー作

 1976年発表の本書は、これまで「800万の死にざま」「死者との誓い」などを紹介したローレンス・ブロックの「マット・スカダーもの」。アル中探偵マットの記念すべきデビュー作である。多作家ではないが米国の病んだ部分に光を当てる作者の鋭い筆が、読者を引き込む力作ぞろいのシリーズである。

 

 デビュー時マットは15年余り勤めた警察を辞め、すでに2年程ニューヨークの片隅でホテル暮らし。本人曰く「金が要る暮らしをしているわけではなく、必要なだけ稼げばいい」と、無免許探偵業をしている。昔の警官仲間に賄賂を渡して捜査する一方、収入の1割は教会に寄付している。州の北の街(それでも飛行機で行くくらい遠い)で商店を営む男ハニフォードが、ニューヨークで殺された娘の生活ぶりを調べてくれと依頼してきた。

 

        

 

 24歳のその娘ウェンディは家を出て3年余り、割合高価なアパートで20歳の男リチャードと同居していて滅多切りにされて死んだ。容疑者とされたのはリチャード、血まみれになって道路に出て「おふくろを姦った!」と叫んでいて逮捕された。そのリチャードも拘置所で自殺し、公的な捜査は終了していた。

 

 定職もないのに金回りのいいウェンディは、50歳ほどの男性ととっかえひっかえデートしていたらしい。薄給ながら定職に就いていたリチャードは、こまめに家事もしていたようだ。不思議な2人の暮らしを調べることになったマットは、

 

・ウェンディ 私生児でハニフォードが引き取った娘、実父は仁川で戦死

・リチャード 厳格な牧師の息子で、実母は自殺。本人はLGBTの性向がある

 

 ことをつかむ。影を背負った2人の下町での暮らしはどのようなものだったのか?マットは現場の部屋を見て「精神的に安定した生活をしていた」と考える。原題は「父親たちの罪」、父親を求めるウェンディと母親を求めるリチャードの暮らしを壊したのは誰か?

 

 鋭い推理と解決なのですが、それ以上に下町に暮らし人間にスポットをあてた傑作でした。マットのデビュー作、良かったです。