新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

フレンチ・ノワールの名作

 本書(1953年発表)は、フランス暗黒文壇の大御所オーギュスト・ル・ブルトンのデビュー作。ただ日本では作者の作品は、「シシリアン」「無法の群れ」の2作品しか出版されていない。本書も2003年になって、ようやくハヤカワ・ポケミス>に加わっている。

 

 1950年代、米国では正統派ハードボイルドと分かれた、ミッキー・スピレーン「裁くのは俺だ」やハドリー・チェイス「ミス・ブランディッシの蘭」など暴力的な通俗作品が登場していた。それに似たミステリーが、ここフランスでも芽生えていた。代表的なのが本書とアルベール・シナモン「現金に手を出すな」で、両作品とも映画化されてフランスのフィルム・ノワール(暗黒映画)の名作と呼ばれている。作者は孤児院からパリに上京、ホームレスなど経て暗黒街に身を投じ、ヤミ賭博を仕切るまでになっている。その後(経験を活かして)作家に転じている。

 

 強盗の罪で服役していたトニーが、5年ぶりにパリに戻ってきた。幼馴染みのスウェーデン人ジョーとその家族が迎えてくれた。トニーは刑務所で結核に感染していたが、温めていた宝飾店襲撃計画を実行に移すべく、イタリア人のマリオ、金庫破りのセザールを引き入れる。

 

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 夜間に天井を破って金庫室に入り、セザールの芸で宝石2億フラン相当を奪った彼らだが、ちょっとしたほころびからアラブ人犯罪者ソラ兄弟に付け狙われる羽目になった。三兄弟の長兄ピエールの情婦マドが、かつてトニーの情婦だったこともあるし、セザールがすり寄った美女ヴィヴィアーヌが、実はピエールの売春組織の一員だったこともある。ピエールたちはまずセザールを捕えて拷問し、宝石のありかなどを吐かせる。そのあとはトニー一派とソラ兄弟の血で血を洗う抗争になる。

 

 冒頭イカサマポーカーに巻き込まれたトニーが、ジョーのヒントでこれを見破り、あっさり銃を抜いて決着させるシーンがある。以後、男も女も非情な争いの中で蠢き回る。非情な世界だが、ソラ兄弟がジョーの子供(トニー坊や)を誘拐したことは、暗黒街でも支持が得られない。極めて不利な立場に立つトニーだが、助けの手は伸びてくる。

 

 全編パリを舞台にしながら、まったく華やかなところのない物語でした。こういうのをフレンチ・ノワールというようで、200ページはすぐに読めてしまいました。それにしても「男の争い」という邦題は、センスがないですね。