1964年発表の本書は、ウィリアム・ゴールドマンを有名にしたサイコ・サスペンス。作者の名前は、かなりのミステリ通でも知らないかもしれないが、逆に映画通の人なら「ああ、あの脚本家」とひざを打つかもしれない。何しろ作者が脚色を担当した名画は、20を超える。代表的なものだけでも、
・動く標的
・ホットロック
・マラソン・マン
・ミザリー
・マーヴェリック
と有名作品が目白押しだ。作者は自分を小説家だとして、脚本だけではストレスが溜まってしまうと言っている。しかし本書「殺しの接吻」を読んだ出版社やプロデューサーは作者に脚本家としての資質を見出して、「動く標的」などの脚色を担当させ、ヒットさせた。一方本書も、速やかに映画化されている。
マンハッタンで、一人暮らしの中年女性を狙う絞殺魔が跳梁し始める。素手で絞殺した後、裸にして便座に座らせ、額にキスマークを口紅で描く。しかしレイプはしていないという、異常犯罪者だ。事件を担当することになったのは、NY市警のモーリス・ブランメル刑事。彼自身も優秀な兄と口やかましい母親に虐げられて育ち、暗い影を背負っている。
絞殺魔は、神父やセールスマンなどに化けて、一人暮らしの部屋に押し入り犯行を繰り返す。狙われるのは中年の豊満な女性ばかりなので、心理学者は、
・犯人は若い男、母親に虐待されるか何か母親を憎んでいる。
・そこで、母親に見立てた中年女性ばかりを狙い、復讐しようとしている。
と分析する。一方絞殺魔にとっては、犯行結果が有名誌に大きく取り上げられるのがひとつの目的。記事を大きくするためもあって彼は、何人目からの犯行後直接モーリスに電話してくるようになる。殺人犯と捜査官、何度も言葉を交わすうちにふたりの間には通じ合うものが生まれてきた。
しかしある日、今度は妊娠した若い女性が絞殺された。さらにモーリスの婚約者セアラにも魔手が伸びる。絞殺魔はモーリスに「俺は殺していない。模倣犯だ」と訴えるのだが。
登場人物表のない翻訳ミステリーは初めて。確かにモーリス一家やセアラの他は、その時だけでてくる犠牲者と「絞殺魔」が登場人物だ。異様な雰囲気をエスカレートさせながら、物語は悲劇的クライマックスへ向かう。なんとも奇妙な味のサイコ・サスペンスでした。もちろん映画向きの。