新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

鎮魂歌か、パロディか?

 ハードボイルドの探偵というのは、20歳代では厚みが出ない。できれば40歳代くらいで、世の中の酸いも甘いも経験したタフガイが望ましい。ロバート・B・パーカーのスペンサーなど、最初の頃は30歳代のチンピラ。40歳代の風情になって、なかなかの貫禄になった。しかしそれにもう上限があるだろう。1981年発表の本書は、ノンフィクション作家だったL・A・モースが、初めて書いたフィクション。それもロサンゼルスを舞台にしたハードボイルドタッチのミステリーである。私立探偵ジェイク、ギャングのサル、警官のオブライエンが主役でありながら「タッチ」と言った理由は、彼ら全員が70歳代だから。

 

 78歳のジェイクは、アイゼンハワーが大統領の頃(1940年代)には、名の知れた私立探偵。ロスの暗黒街を相手に活躍し、オブライエンらと協力してサルを刑務所送りにしている。一応健康とはいえ、もう15年も依頼で探偵したことはない。安アパートで独り暮らし、隣家のバースタイン夫人が(良かれと)料理をしてくれるのだが、とても食べられたものではないと苦しんでいる。

 

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 散歩を楽しんでいた彼を呼び止めたのは、30余年の刑期を終えてシャバに出てきたサル。ムショにいた間の投資が上手くいって、大金を手にしていた。ところが唯一の孫が誘拐され、身代金は有り金全部にもなる。無一文になっても孫が戻るならと、犯人にカネを渡すというサルは、ジェイクにカネの受け渡し場所についてきてくれと言う。

 

 500ドルで雇われたジェイクだが、受け渡しの場所に行く途中で何者かに襲われ、カネの入ったバッグを奪われてしまう。襲撃者は誘拐犯とは別のグループらしい。サルは追加の金策に走り、ジェイクは老人ホームから抜け出してきたオブライエンや老人たちのアパートの住人の助けを借りて、襲撃者を特定しようとする。

 

 主人公たちの軽妙な会話、冴えを見せる捜査のアイデアなど、ハードボイルド小説の王道にのったストーリーが展開する。加えて「年は取りたくない、面倒なんか見てもらいたくない」という老人たちの叫びが加わる。

 

 落ちの効いた結末まで、なかなか読ませるミステリーなのですが、読み終えて思ったのは、これってパロディかもということ。いやひょっとすると、1930~40年代のハードボイルドに対する鎮魂歌なのかもしれませんね。