本書は「本格の鬼」鮎川哲也が、1959~60年にかけて<小説宝石>に連載したもの。当時の国鉄の時刻表が3種類掲載されていて、当時の移動がどれほど大変だったかを痛感した。
1)117列車は上野発2230、東北本線経由だが福島で奥羽本線に入り青森着2104
2)急行「日本海」は長岡発1608、信越本線から北陸本線に入り大阪着551
3)311列車は上野発550、信越本線経由長岡着1733
中堅繊維会社「東和紡績」は労働争議の真っ最中、対労組強硬派の社長が不審な行動をとった後行方不明になり、東北本線久喜駅付近で射殺体となって発見される。社長の車は鶯谷付近に乗り捨ててあり、陸橋で血痕が見つかる。また白石駅で117列車の天蓋にも血痕が見つかった。死体は陸橋で撃たれてから117列車の天蓋に落ち、その後振り落とされたものと思われた。
社長は労組幹部に敵視され、遺産相続人たる妻との仲は冷え切り、新興宗教ともトラブルを抱え、会社幹部にも殺したがっている人物がいる。捜査陣は117列車が陸橋を通る2340前後を犯行時刻と見て、関係者のアリバイを確認する。
労組幹部は急行「日本海」の乗車が確認され、妻は歩行困難な病状、新興宗教の幹部は失踪していたが、長岡で殺害される。それは、社長が出身地で会社創業の地である長岡に葬られる日だった。会社関係者の多くは当日長岡に来ていて、多くの容疑者が残った。
事件捜査の応援を頼まれた鬼貫警部は、破られた写真1枚を手掛かりに、京都から北九州にまで捜査の手を伸ばす。やがて容疑者は絞られたのだが、社長を射殺して117列車に落とすことも、新興宗教幹部を殺すには311列車に乗っていたので間に合わない。2つのアリバイの壁に、鬼貫警部は丹念な聞き込みで挑む。
紡績会社は<ブラック企業>そのもの、さらに社長は従業員に新興宗教入りを強制し、宗教票で政界入りを企んでいました。60年以上前の話ながら、事件背景が妙に現代と符合します。もちろんアリバイ崩しは最高でしたね。ちょっと遠隔地だと夜行列車になってしまう時代、今<サンライズ出雲・瀬戸>だけになった夜行のことを思うと、こちらは隔世の感があります。