新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

美食のたまもの、300ポンド

 美食と蘭を愛する、私立探偵ネロ・ウルフ。1930年代に始まる、アメリカン・ミステリーのひとつの究極を示した作品群である。作者はレックス・スタウト。ひげ面のお爺さんだが、作者自身も美食家であったらしい。代表作のひとつ「料理長が多すぎる」では、本来ニューヨークの自分のオフィスに座って蘭(1万株あるらしい)を愛でながら、ビールをあおりつつ事件を解決するようにはいかない。ウェストバージニアまで出張する羽目になり、そこで殺人事件に遭遇する。

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 なぜかというと「15人の名料理長」を選ぶ数年に一度のイベントに、ウルフが主賓として招かれたからだ。なにしろ300ポンドを超える体重を誇るこの探偵、助手のアーチー・グッドウィン青年の助けがなければなにもできない。懐中時計を見るのも面倒なので、アーチー(わたし)に時間を聞くくらいだ。
 
 出張先なので、蘭の記述はほとんどない。その替わり、十名以上のシェフが出てきて美食の腕を振るう。余興としてシェフたちにクイズが出されるシーンがある。
 
 ソース・プランタンを構成しているのは、カイエンヌ・セロリ・シャロット・チャイヴ・チャーヴィル・タラゴン・ペッパーコーン・タイム・パセリの9種なのだが、おのおの一つづつ抜いた9種のソースを作って、名料理人たちに「何をぬいたか」をあてさせるゲームをする。
 
 ウルフは2つ間違えて悔しがるのだが、これも事件解決の伏線になっているところが、心憎い。全編を通じていろいろな美食がでてくるが、それも1930年代の話。まだアメリカ料理は十分評価を得られておらず、フランス料理に対するあこがれだけが目立つメニューである。飲み物もボルドーワイン(赤)とコニャックが出てくる。
 
 ミステリーとしては、決め手になる手掛かりがいかに早いところで出てくるかが興味をひく。何気ないイントロのようなところで、ずっと後段の事件を解決するヒントが盛り込まれているのがミステリーのテクニックとして僕は注目している。
 
 高校生のころ一度読んだが、料理の話・黒人差別の話・料理人の世界など、当時の僕にはわからなかったことが一杯あり、当時はパズル小説として読んだだけだった。今、それらに多少の知見ができて再び味わった本作、自らの成熟を反映した読み方ができたのはよかったです。