新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

奇術師の、奇術師による、奇術師のための

 泡坂妻夫(本名厚川昌男アナグラム)は、1976年本書で長編ミステリーのデビューを果たし、その後20編弱の長編小説と20冊ほどの短編集を残した。この人は作家デビュー以前から奇術の世界では有名な人である。奇術とミステリーには多くの共通項目があって、

 ・これから何をするか言わない。

 ・同じことを繰り返さない。
 ・タネ明かしをしない。

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 などは本格ミステリー作家の心得にも通じるものだ。厚川昌男さんとも交流のあるアマチュア奇術家と同じ職場になったことがある。呑みに行ってこういう話をすると「そんな大事なこと、俺が教えたっけ?」とおっしゃる。その人は職場の有志に奇術を教えておられたが、僕は生徒ではなかったからだ。これミステリー手法ですよと応えて、しばらく奇術/ミステリー談義をしたものだ。
 
 さて本書だが、作中作「11枚のとらんぷ」という短編集をはさんで、殺人事件の導入部と解決部がある3部構成である。作中作は、11の奇術譚から成っていて各々(タネ明かしをしても惜しくない)トリックが使われている。
 
 前段の素人奇術大会のドタバタ劇は、後段の殺人事件の解決に向けた伏線を覆い隠すもので、ディクスン・カーを彷彿とさせる。いや、カーよりずっと面白い。ただ、本書はミステリーかというと疑問が残る。背景にしているものも、登場人物も、殺人事件の様相も全て奇術の世界である。
 
 作者は第二作「乱れからくり」で日本推理作家協会賞をとっている。これは本格的なミステリーだった。それに先立つ本書は、厚川昌男という奇術師が奇術世界の事をミステリーの手法を借りて書いた、エッセイのようなものではなかったかと思う。ちなみに「11人のトランプ」だったなら、それはミステリーですらなくホラーですよ。