泡坂妻夫(本名厚川昌男のアナグラム)は、1976年本書で長編ミステリーのデビューを果たし、その後20編弱の長編小説と20冊ほどの短編集を残した。この人は作家デビュー以前から奇術の世界では有名な人である。奇術とミステリーには多くの共通項目があって、
・これから何をするか言わない。
・同じことを繰り返さない。
・タネ明かしをしない。
さて本書だが、作中作「11枚のとらんぷ」という短編集をはさんで、殺人事件の導入部と解決部がある3部構成である。作中作は、11の奇術譚から成っていて各々(タネ明かしをしても惜しくない)トリックが使われている。
前段の素人奇術大会のドタバタ劇は、後段の殺人事件の解決に向けた伏線を覆い隠すもので、ディクスン・カーを彷彿とさせる。いや、カーよりずっと面白い。ただ、本書はミステリーかというと疑問が残る。背景にしているものも、登場人物も、殺人事件の様相も全て奇術の世界である。