1940年発表の本書は、以前「幽霊の2/3」や「家蠅とカナリア」を紹介したヘレン・マクロイの「心理探偵ベイジル・ウィリングもの」の1冊。作者は15作のウィリング博士を主人公としたミステリーを書いているが、翻訳出版された順番が発表順と異なり、すべてが訳出されたわけでもない。
本書は実はウィリング博士ものの第二作、デビュー作「死の舞踏」は入手できていない。これは、東京創元社のほか多くの出版社が虫食い的に翻訳しているからだ。本書も2017年になってようやく出版された、本格ミステリーマニアにとっては渇望されたものだった。
舞台は第二次世界大戦がはじまっていたニューヨーク、米国は参戦していないが暗い世相はヨークヴィル大学のキャンパスも覆っていた。私用でこの大学を訪れたNY市警のフォイル警視正は、風に飛ばされてきた「殺人計画書」に驚く。紙片を回収に来たプリケット教授は、心理学の実験をやっていると釈明し、拳銃の空砲を撃って人間の反応を見たり、模擬犯罪を起こして嘘発見器にかける実験だという。
しかし「計画書」にあった午後8時、フォイル警視正たちは銃声を聞き、駆け付けてみると生化学のコンラディ博士が死んでいた。博士はユダヤ系オーストリア人で、ダッハウ収容所から脱出し、最近この大学に職を得ていた。癌研究で知られた博士だが、秘書にオーストリア人の娘ギゼラを雇った以外はドイツ系の人との接触を避け、ひたすらナチスに妨害された実験の再現に尽力していた。
拳銃を口にくわえて発砲していて自殺とも思われたのだが、フォイル警視正は殺人を疑いウィリング博士を呼び出して捜査を開始する。凶器はプリケット教授が実験に使っていたもので、現場から窓を破って逃走した者が目撃されていたが、3人の目撃者の証言は異なる。
・小柄でよろめきながら歩く男
・大柄でスポーツマンタイプの男
・ドレスにハイヒールの女
少なくとも2人の目撃者が嘘をついているという警視正に、ウィリング博士は「嘘も手掛かりのうちなんだ」と言う。捜査過程でウィリング博士がプリケット教授の嘘発見器を使うシーンが面白い。言葉の連想を引き出すもので、反応時間や血圧を測るもの。なんでもない言葉の中に事件のキーを潜ませている。
本格的心理探偵ウィリング博士の活躍、面白かったです。できればもっと早く読みたかったですね。