新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

トビー&ジョージのデビュー作

 以前「猿来たりなば」などを紹介した、エリザベス・フェラーズのデビュー作が本書。作者は、本格ミステリー黄金期の最後に現れた英国の女流作家である。息の長い作家で、90歳近くで亡くなるまでに75冊ほどの長編小説を残した。ただ日本では、本書のようなトビー&ジョージもの5冊はすべて翻訳出版されているが、その他の作品で翻訳されたものは10冊に満たない。

 

 代表作と(日本で)されているのは、「猿来たりなば」とシリーズものでない「私が見たと蠅が言う」である。英国での評判については、あまり情報がない。1907年に英国施政下のビルマのラングーンで生まれ、ロンドンで大学でジャーナリズムを学んでいる。普通小説を書いたものの評判は得られず、1940年に植物学者のロバート・ブラウン教授と結婚、その年に発表した本書でミステリー作家としての地歩を築いている。

 

 本書の舞台はダートムーアで知られるデヴォン州の田舎町、小さな町ゆえほとんど住民にプライバシーはない。どんな小さなことでも、翌日には町中が噂しているのだ。よそ者だがこの町に来て15年になるミルン夫人は、20歳の一人娘アンナと二人暮らし。相応の収入があって、使用人を使い優雅に暮らしている。

 

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 しかし彼女はある夜、スポーツジムからの帰りにご近所さんのマックスウェル退役少佐を車から降ろした後、路上に寝ていた男を轢いてしまった。顔も分からなくなった死者だが、マックスウェル家の当主(少佐の兄)は、南アフリカにいた息子ではないかという。しかしマックスウェル夫人は、決して息子ではないと言い張る。

 

 町の警官エッグベア巡査部長が事故の線で捜査を始めるのだが、そこに犯罪ジャーナリストを名乗るトビー・ダイクとその相棒ジョージがやってくる。トビーは才気煥発な「名探偵」、関係者をケムにまくような質問をしたり、現場を精緻に調べたりする。作者はトビーを、先輩たちが創造した探偵のパロディとして描いている。確かに推理が冴えるのだが、その裏で真実にせまるのはもっそりとした小男ジョージだった。

 

 謎解きミステリーとして「やられた!」と思うようなことはないのですが、トビーとジョージの掛け合いには思わず吹き出してしまいます。フランク・グルーバーのジョニー&サムが米国流の漫才コンビなら、こちらは大英帝国の漫才師です。このシリーズもあと1冊だけ、本棚に残っていますよ。