新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

抱腹絶倒のホームズ譚

 1887年末ストランド誌に短編の連載が始まった「シャーロック・ホームズ」ものは、読者の賞賛を浴び作者のコナン・ドイルはサーの称号すら得るに至った。E・A・ポーに始まるミステリーの系譜の中で、ホームズものが占める歴史的価値は偉大である。それゆえにであるが、ホームズものの贋作は数知れない。大半はパロディ風のものだが有名な作家も手掛けていて、ヴィンセント・スターレットの「ただひとりのハムレット」などは本物以上に本物らしいと評判もとった。

 
 熱意にあふれた有能な編集者だったエラリー・クイーン(のひとりフレデリック・ダネイ)は、「シャーロック・ホームズの失敗」という贋作アンソロジーを企画すらした。これはなんらかの圧力で没になったのだが、その後本書の作者ロバート・L・フィッシュをダネイが取り上げ、「アスコットタイ事件」を出版するに及んで、究極のホームズ贋作譚が登場する。

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 本書(1966年)には、デビュー作「アスコットタイ事件」から「最後の事件」までの12編が収められている。シュロック・ホームズは原作通りの変人探偵、常識人のワトニイ博士とコンビを組んで難事件/珍事件に取り組む。ホームズは、依頼人をちらと見て「貴女は乗馬好き、最近ラブレターを書き、一度炭鉱跡に立ち寄った」などとコメントする。しかしこれはとんでもない勘違いなのだが、ホームズはひるまない。
 
 事件解決もそのパターンで、実はこっそり隠れてゴルフに興じていた将軍を誘拐されたものと決めつけたり、偽札づくりや銀行強盗の現場を抑えながらその犯人を全く別の軽微な罪で追い回したりする。究極は「アダム爆弾の怪」の一編で、E=MC2の公式を読み間違えたために、ノーザンバーランド州全体を吹き飛ばしてしまう。もちろん、この新型爆弾の正体はおわかりだろう。
 
 英語の言い回しやジョークがわからないと面白さが分からないところもあるのだが、まるきり本物のようにしゃべるホームズはTVで見たジェレミー・ブレットそのもの。もともとホームズがワトソン博士と初めて会うシーンでも、「医者のようだが日焼けしていて肩には傷がある。軍医だろうが、軍医が負傷するような戦場と言えばアフガンだ」とワトソンの経歴を見抜く。これだって、乗馬好きの医者が落馬して骨折しただけかもしれませんよね・・・。
 
 ホームズのあざやかな推理もとんだ勘違いもありうるよ、と作者は言って笑っているようです。マニアなら思い出し笑いしたくなるシーン満載の12編の短編集でした。