新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

女王初期の短編集

 女王アガサ・クリスティーは、1920年代にはまだ手法が完成しておらず、ポワロ&ヘイスティングズ本格ミステリー、トミー&タペンスの明るいスパイものなどを取り混ぜて長編小説を発表していた。正直後年の作品集に比べると、単発ものの「アクロイド殺害事件」以外は影が薄い。

 

 一方短篇集はというと、ポワロと並ぶ名探偵ミス・マープルは1930年「牧師館の殺人」でデビューはしたものの、レギュラー探偵になるのはそれより10年以上たってから。パーカー・パインやクィン氏の短編集もあるのだが、初期の頃には女王の短編と言えばどうしてもポアロものが中心になる。

 

 本書には1924年までに発表された、1ダースのポアロヘイスティングスの短編が収められている。いずれも「本格」の謎解きものではあるが、テーマも長さもバラバラ。「誘拐された総理大臣」が30ページを超えるくらいで、15ページほどの短いものもあって、ちょっとお茶1杯の間に読めるような肩の凝らないものばかり。

 

        f:id:nicky-akira:20210616143620j:plain

 

 改めて全部読み返してみたが、初期の長編で目立つポアロの(英国紳士から見ての)破天荒さはあまり感じられない。探偵役をそのままホームズ&ワトソンに変えても、あまり違和感がないようなストーリーばかりだ。

 

 「シャーロック・ホームズのライバルたち」という短編集は一杯あって、作者はいろいろと趣向を凝らした。謎は解くが解決はしない「隅の老人」、全盲の探偵「マックス・カラドス」、CSIの先輩格「ソーンダイク教授」、西部開拓の勇者「アブナー伯父」などなど。そんな中でも、ポアロヘイスティングスは、ベルギー人のキザな小男の探偵で「灰色の脳細胞」と唱え続ける以外は、ごくごく本家に近い存在のように思う。

 

 ここに挙げた探偵たちの多くが1910年代までにデビューしていることからも、ポアロヘイスティングスは「最後のホームズ譚のライバル」と言えるように思う。現に女王自身、中期以降のポアロものにはヘイスティングスを登場させず、意表を突く推理と言うよりは人の内面に切れ込むような何かを盛り込むようになっている。

 

 50年ぶりくらいに読んだ本書、懐かしくもあり古めかしくもあり、でしたね。