新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「北爆」の真実

 ベトナム戦争については初期にケネディ大統領が厳しい条件を付けるなど、「米軍は後ろ手に縛られたままこの戦争を戦った」という主張がある。米軍及び政権中枢は、国際社会や国内の反戦運動に配慮しながらこの戦いを続け、結局「世界最強の米軍はアジアの一小国に敗れる」ということになる。

 

 一つには、肩入れしていた国家「南ベトナム政府」というのがあまりにも脆弱で、助けるに値しない国家の体を成していなかったことがある。もう一つには、米国政府そのものが優柔不断で体裁を繕いながら闘い、矛盾を現場に押し付け続けたことにあると、僕には読めた。それを確認するつもりで読んだのが本書(1986年発表)である。この年にはトム・クランシーの「レッド・オクトーバーを追え」が発表されていて、本書はかの書と共に軍事スリラーブームを起こしたと解説にある。

 

        f:id:nicky-akira:20200707154647j:plain

 

 作者は1971~1973の間、空母「エンタープライズ」でA6イントルーダー攻撃機に乗り組んだ経験を持つ。そう、実際に「北爆」をやったパイロットである。主人公である(作者の分身)ジェイク・グラフトン大尉は、ベトナム沖の空母からA6を駆って前線を爆撃しにゆく。しかし指示される攻撃目標は「敵トラックが集結する予定地」ばかり、ほとんどの場合に爆弾は原野を堀り返すだけで終わる。

 

 ある日の出撃でジェイクの機に不運にも敵弾が命中、爆撃・航法を担当していた相棒は死んだ。その後も無意味な目標を狙っての出撃が繰り返され、ついにジェイクはハノイ共産党本部を爆撃するプランを実行することに決めた。

 

 作者がパイロットで実際にA6で闘った経験が豊富なので、出撃前の準備、空母から目的地への往復、目標の確認、爆撃のコツなどは非常に精緻に描写してある。特に損傷して空母に帰投するシーンの迫力がすごい。

 

 共産党本部を始めとして敵軍の司令部、燃料等集積所、発電所、ダム等「意味のある目標」を狙わせろと艦長につめよるジェイクだが、「軍は政治に逆らえない」と突き放されてしまう。以前読んだ本に「ベトナム戦争最後の北爆は、政治が軍事産業に与えた撤退前の特別ボーナス」と書いてあった。その視点からすると「北爆はせよ、但し相手にダメージを与えるな」というジェイクが受けた命令は、「北爆全部が軍事産業へのプレゼントだった」ことを示しているように思えます。勝てるわけないですよね。