真珠湾攻撃など一時期華々しい戦果を挙げたことから、帝国海軍については戦後に至っても国民の人気は高かった。その海軍を戦乱に巻き込んだのは陸軍ではないかという議論があり、帝国陸軍の評価は高くない。そんな陸軍に「良識派」などいたのかと思う人もいるかもしれない。
しかしこれだけ大きな組織にあって、しかも高度な教育を受けたエリートたちの歴史があって、「良識」を持っている人がいなかったはずはない。本書は以前「秩父宮」を紹介したが、歴史の真実を追い続ける保阪正康の著書である。
https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2019/04/23/120000
冒頭、軍人には官僚的な人材と現場(戦闘)的な人材があると著者は言う。本書には10人の「良識派」が紹介されているが、前者の代表は石原莞爾、後者の代表は今村均だろう。特に石原将軍については、架空戦記でも再三取り上げられる有名人だが、太平洋戦争の開戦時には、すでに一線を退いている。今村将軍は戦後巣鴨プリズンに収容されている時に、かつての部下たちが収容されているフィリピンに移してくれと希望して、マッカーサーに「真の武人だ」と評価された。
僕が興味を持ったのは彼らほど有名ではない、特に著者が直接インタビューした旧軍官僚たち。終戦時本土防衛の責任者だった赤柴八重蔵へのインタビューで、著者は、
「この人の理知的な話しかたに驚いた」
と言っている。「とかく旧軍人は情的な話を好む。表現も感情的で、本質的に情的なのだ」と思っていたから驚いたわけだ。本来理知的でなければ、国家の運営など出来るはずがない。一時期日本の政治を動かした軍官僚が、理知的でなかったことが日本が道を誤った原因のように思う。
巻末に戦後の宰相吉田茂(戦前英国大使を務めていた)へのインタビューも載っている。それによると、吉田は「旧軍人は教養人ではない」と断じ、「兵は凶器である」とも言っている。
そのような意見も含めて80年近く前の問題を、本書で勉強できた。軍人の評価は一般に戦場で決まるが、その記録は結構出版されている。表に出ない官僚的な行動様式については、今の霞ヶ関を理解する意味でも重要な示唆を含むものだった。