新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ロシアの海への執念

 著者大江志乃夫は歴史学者、陸軍軍人の家に生まれ、自身も陸軍士官学校在籍中に終戦を迎えている。名古屋大学経済学部卒、東京教育大教授から茨城大学へ移り茨城大名誉教授として2009年に亡くなっている。明治から昭和にかけての時代を切り取るような著書が40冊ほどある。

 

 いつから本棚にあったのか忘れてしまっているが、「バルチック艦隊」という表題でつい手に取ったものだろう。それまで著者の事は全く知らなかった。Googleで検索すると「大江志乃夫 左翼」のようなリードが出てきて、反戦作家かなと思っていた。しかし本書はとてもフェアな戦争史だった。副題に「日本海海戦までの航跡」とあるが、これがピョートル大帝の時代(18世紀初頭)から始まる大陸国家ロシアの、海への進出の「航跡」だった。

 

 黒海沿岸のセバストポリクリミア半島)などを除けば、ロシアに不凍港はない。黒海は地中海に出るにも2つの海峡を渡らないといけない上に、地中海から出るには英国が抑えているスエズ運河ジブラルタル海峡を通ることになる。そこで大帝が目を付けたのが、北極圏でノルウェーに近いムルマンスク。メキシコ湾流の影響で不凍港なのだ。もちろん地上は零下50度にもなるところで、モスクワから1,500kmほどの鉄道を引くのは難工事だった。

 

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 極東に目を転じるとウラジオストックがあり、清国の弱体化に付け込んで旅順も抑えた。シベリア鉄道開通もあって極東を出口にできそうになったのだが、朝鮮半島に出ようとして新興国日本に阻まれる。その結果起きたのが日露戦争、著者は(意外なことに)技術的考察を重ねて、東郷艦隊がバルチック艦隊をせん滅したのは当然だと主張する。

 

・日本の戦艦は数こそ少ないが、統一された強力な主砲を持っていた。

・トン数はほぼ同等でも、石炭搭載量が少なくその分兵装に充てていた。

・ロシアの戦艦は(英国なら)戦艦と呼べるものではなかった。

・有名な「T」字戦法は後の虚構、実際は「イ」のような形だった。

・「決死の東郷ターン」も誇大宣伝、回頭終了までロシアの弾丸は届いていない。

 

 納得できる分析である。しかし、本書で面白かったのは前半の「ロシアの海への執念」の方だった。時代は変わっても国の本質は変わりません。オホーツク海を自国にとって安全な海にするためならなんでもする国です。北方領土問題の本質がわかるような気がしました。