新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

多情な保険調査員の死

 「本格の鬼」鮎川哲也は、大家ではあるが多作家ではない。生涯に長編小説は22編しか遺さなかった。作者の一番脂の乗り切っていた時期が、おそらく1960年前後。本書は、その1963年に発表されたもの。作者がよくやることだが、本書も前年に短編として発表されたものを加筆、長編に仕立てたものだ。

 

 事件の舞台は浜名湖周辺、舘山寺温泉の土産物屋の主人山野捨松が「女房が死んでいる」と派出所に駆け込んできたのが始まりだった。妻のいくは40歳、一見首つり自殺に見えたのだが、足元に転がっていた箱では首つりができる高さが十分ではなく、殺人事件としての捜査が始まる。

 

 山野夫妻はお互いに200万円の生命保険をかけていて、捨松が第一容疑者となった。しかし犯行のあった夜、捨松は浜名湖の対岸にある愛人宅に泊ったといい、愛人以外にも第三者の証言がそれを裏付けた。他に容疑者が浮かばないまま、静岡県警の捜査は行き詰るが、保険会社では保険金詐欺を疑って調査員を雇った。調査会社で担当することになった大津は、部下の須田和歌子を派遣するのだが、彼女からの連絡が途絶え数日後に下着姿の死体となって発見された。

 

        

 

 和歌子は病弱な夫を抱えて働く貞淑な妻を演じていたが、実は大津とも不倫関係にあり、さらに逢引専用のアパートを借りて金持ち老人とも逢瀬を繰り返している多情な女だった。被害者が東京の住人だったことから、第二の事件は警視庁鬼貫警部・丹那刑事の担当になり、浜松署との合同捜査が始まる。

 

 和歌子は捨松やその愛人、関係者に会って、捨松がいくの自殺を殺人に見せかける細工をしたのではと考えたらしい。しかしその日のうちに足取りは消えてしまった。和歌子が出張時に着ていた赤い服が品川の質屋で見つかり、質入れに来た女は「見知らぬ男に頼まれただけだ」という。大津をはじめ和歌子の不倫相手に容疑がかかるが、彼らには鉄壁のアリバイがあった。

 

 例によって、舘山寺周辺のバスや定期船の時刻表が出てくる。また東海道新幹線開業前なので、東京~名古屋の東海道線に多くの特急・急行が走っていたころの時刻表もある。いくの身内にハンセン病患者がいたことや、和歌子の夫が肺病の手術で重篤になっていることなど、社会派ミステリーの要素もある。

 

 しかしこれらの点は「蛇足」かもしれません。僕には時刻表だけで十分ありがたいです。