新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

パトリシア・モイーズのデビュー作

 1959年発表の本書は、これまで「大空に消える」「死の贈物」を紹介したパトリシア・モイーズのデビュー作。鼻を効かせるが口癖のヘンリ・ティベット警部とその妻エミーも、本書で初登場する。作者はWWⅡのころ空軍補助部隊で慰問の仕事をし、演劇脚本など書いていたが、自分の楽しみのために書いたという本書で、一躍クリスティの後継者候補に名が挙がるようになった。

 

 ロンドン警視庁で勇敢な名探偵と称されるヘンリだが、本人は鼻が利くだけの臆病な警官だと思い、妻のエミーはその中間が夫の本質だと思っている。休暇でイタリア・アルプスのサンタ・キアラ村へ出かけることにした夫妻に上司は、

 

「宿泊先の<景観荘>は麻薬取引の拠点の可能性があり、内偵を頼む」

 

 と仕事を押し付ける。<景観荘>はこの村唯一のホテルで、25分かかる個人乗りスキーリフトしか往来できない。最も降りる方は、スキーが上手なら可能だ。

 

        

 

 ホテルにはヘンリ夫妻ら英国からのツアー客、ドイツ貿易商一家、オーストリアの男爵一家、独伊混血の医師、イタリアの青年彫刻家らが滞在し、コーチについてスキーを習ったり、日がな山を眺めて過ごしている。ある日チェックアウトすると言った医師が、下りのリフトに乗っていて射殺された。現場に居合わせたヘンリは、現地警察と協力して殺人事件と、その背景にあるだろう麻薬取引事件を解決しようとする。

 

 医師はWWⅡ時代からユダヤ人を売り、脅迫や恐喝、麻薬等の密売を手掛けていた悪党だったことが分かる。滞在客やホテルの従業員にも、何らかの形で彼に支配されている人物がいて、殺害動機には事欠かない。

 

 雪で閉ざされたホテルと、リフトというもっと小さな閉じた空間。あふれる動機と、限られた機会。まさに本格ミステリーの教科書のような作品で、ヘンリ夫妻の微笑ましい連携も見られる。高校生の時に読んで感心したのを覚えていました。Book-offで見つけたのがラッキーでしたよ。