新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

十二試艦戦への要求仕様

 零式艦上戦闘機、通称「レイ戦」こそが、日本にとっての太平洋戦争の主役だった。この機種が空を制していた時期には日本軍は勝ち続け、その能力を失った後は負け続けた。本書は「零戦」の主任設計者堀越二郎が、その戦闘機の生涯を回顧したものである。

 

 筆者はその前の「九試艦戦⇒96式艦上戦闘機」から、局地戦闘機雷電」、終戦間際の「烈風」まで三菱に発注された戦闘機の設計を続けた人だ。彼は東大航空学科卒、当時最先端の工学分野だったが、戦後この学科は進駐軍の圧力もあって冷遇される。僕の大学院時代、隣の研究室の教授が、東大航空学科の最後の卒業生。航空の世界で生きていけないので、(軟弱な)計算機工学の教授をしていると自嘲しておられた。

 

 閑話休題、本書の後半は「十二試艦戦⇒零戦」がどのように戦ったか、ライバルであったグラマンF4F、F6F、ロッキードP-38などのあり様も含めて記述されている。ただこのあたりのことは他の戦記にも詳しいので、僕が興味をもったのは前半。十二試艦戦への要求仕様を決める論議の部分である。

 

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 配備済みの96艦戦は、格闘戦性能については抜群だが速度が十分ではない。もちろんこの二律は背反するので仕方ない面があるが、航続距離が短く重慶など奥地への爆撃機の出撃には随伴できない。まあ、中国大陸や太平洋が広すぎるのが問題で、欧州戦線では96艦戦の航続力は問題となるほどではない。このあたりは、佐々木譲の「ベルリン飛行指令」に詳しい。

 

https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2020/02/25/000000

 

 源田実大尉(後の第一航空艦隊航空参謀)は、「何よりも格闘戦能力」を求めながら爆撃機の護衛には「高高度に上れて、速力があること。もちろん随伴できる航続力」が必要だという。これに応えるため技術陣は、軽量化・空力特性の改善・落下式増槽などの開発を行ったとある。

 

 不思議なことに参謀クラスではなく現場の航空兵からも、乗員向けの防弾設備や燃料タンクのゴム被膜などの要望は出なかった。また現場は7.7mm機銃では威力が少ないとしながら、12.7mmクラスでいいと考えていたようだ。実際に搭載した20mmはオーバースペックだったかもしれない。

 

 今の技術開発・製品開発にも通じるようなニーズとこれに応える技術陣の戦い。久しぶりに思い出しましたね。