新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

花のお江戸の名探偵

 1930年代と言えば、欧米では本格ミステリーの全盛期。エラリー・クイーンディクスン・カーが本格的に活動し始め、先輩格のクリスティも名作を発表し続けていたころだ。一方リアルな探偵ものとしてのハメットらもデビューし、ミステリー界は沸きに沸いていた。

 

 そんな中日本でも江戸川乱歩らが「探偵小説」の先鞭をつけ始めるのだが、英米との関係が悪化するにつけ「敵性国の文学」は肩身が狭くなっていた。しかし「上に政策あれば下に対策あり」ということで、時代物の「捕物帳」は出版が許されていた。

 

 先に岡本綺堂の「半七捕物帳」という先輩はあったものの、質量ともに「日本の捕物帳」と言えば、野村胡堂の「銭形平次捕物控」にとどめを刺すだろう。1931年から、27年間にわたって書き続けられたものだ。ただ書籍で読むのはこれが初めて。僕が子供のころ大川橋蔵主演で888回放映されたTVシリーズがあって、「銭形平次」といえばこの映像を思い浮かべてしまう。同居していた母方の祖母は、大川橋蔵の大ファンだった。

 

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 神田明神下の岡っ引き平次は、31歳。シリーズ中ずっと年をとらないそうだ。神田お台所町のケチな長屋で、恋女房のお静さんと2人暮らし。子分の八五郎(がらっ八)が事件を報告に来て、おもむろに腰を上げて事件を解決する。十手のほかに「投げ銭」という武器を操り、浪人や侍まで制圧することができる。

 

 特徴的なのは30~40ページの一編中に、立派なトリックとその解決があること。科学捜査はないといっていい時代なのでそんなにバリエーションはないが、凶器・密室のような物理的なものから、一人二役・奇妙な動機・犯人への罠など心理的なものもある。必ずしも犯人を挙げて終わりではなく、犯人と分かっても見逃してやるなど粋な解決で締めくくられる話も目立つ。

 

 作者はインタビューに答え、「トリックを考えることは楽しい」と述べている。これは間違いなく「探偵小説」である。本書に収められている10編を読んだだけなのだが、これはなかなか読ませる小説だと思った。TVシリーズの印象が強すぎて、今まで敬遠してきたのがもったいなかったかもしれません。