本書の著者、土屋大洋慶應大学教授とは何度も会合でご一緒し、どぎつい内容をユーモアたっぷりに柔らかく伝える話術に感心させられることが多い。言うまでもなくサイバーセキュリティ研究の第一人者であり、単なるテクノロジーを越えて地政学から安全保障の領域へと専門が広がった人だ。
本書の発表は2012年(悪夢の)民主党政権の時代だが、サイバーセキュリティの重要性は、一部専門家の間では認識が深まってきたころである。本書にあるように政府も内閣情報セキュリティセンター(NISC)を改組強化していたし、民間でも非営利組織であるCERTやCSIRTが企業の枠を超えた活動を始めていた。題名に言う「サイバー・テロ、日米vs.中国」のような状況になれば、国家レベルの攻撃に単一の企業が太刀打ちできるはずもない。「自助・共助・公助」の順番ではあるが、非営利組織や政府の機能強化は日本そのものを守るために必要なことだと認識されつつあった。
中国の脅威というのは、今に始まったことではないというのが、本書を読むとよく理解できる。8年前のことだから、日本産業界はこぞって中国に進出、連携を強化していた。しかし一方でサイバー空間では「Great Fire Wall」を勝手に立て、データの自由な流通を阻害する困った国だった。Googleその他の企業とのコンフリクトも、本書には紹介されている。
筆者は「サイバー攻撃によって直接的に人命が失われたことはほぼない」としつつ、高度にデジタル化された社会ではサイバーテロは看過できない脅威だという。それもサイバー空間だけではなく、通信機能の集積点や海底ケーブルの陸揚げ点、エネルギー企業の指揮所など物理的な目標となるところも例示している。
筆者は米国などに学んだ結果、日本にも十分な実力を持ったインテリジェンス機関が必要なこと、憲法9条の制約下であってもサイバー攻撃への「反撃」は必要なことを挙げ、方向性として、
・政府主導によるサイバー空間の規制強化
・民間非営利組織主導の秩序の形成
・国際協調が失敗し、民間に対処が委ねられる
の3シナリオがあるという。8年後の現状を見ると、今は三番目のように進んでいると感じる。多く実名で本書に登場する人たち、多くは知己のある人でした。そういう意味で懐かしくもあり、8年の努力が十分だったのか反省させられる書でした。