2023年発表の本書は、エストニアで国際防衛安全保障センター研究員を務める保坂三四郎氏のロシア諜報機関史。ロシア革命で全国に密告網を作り上げたチェーカーを祖とするロシアの諜報機関は、スターリン体制でも彼の死後も、ソ連崩壊をも超えて生き延びた。外国への工作ではなく、国内の体制・治安維持のための防諜組織の色合いが濃い。
レーニン体制下で、ジェルジンスキーという人物が犯罪者らも交えてこの組織を作った。スターリンはこれを私的テロ組織として使い、非合法機能を強化してゆく。冷戦期には、諜報・防諜を一手に担った。
KGBは、議会・学会・軍・メディア・企業などあらゆるものに浸透し、監視していた。正規の要員のほか、エージェントと呼ばれる協力者を(買収等で)かけていた。往時人口の0.1%近くがエージェントだった。さらに関係の薄い「信頼できるもの」も多数存在していた。
KGBは彼らを使い、国内外に様々な工作をする。邪魔になる者の信頼を貶めたり、陰謀論などで疑惑を植え付けたり、時には直接的に手を下した。単なるプロパガンダではなく、長期間かけて<偽情報>を世間に広めてゆく。ネオナチ・ロシア嫌悪症などという言葉はその象徴で、国外にもいる「信頼できる者」ら(*1)を通じて、繰り返し多方面からストーリーを刷り込んでゆくのだ。
パブリック・ディプロマシーが表なら、アクティブ・メジャーズと呼ばれるこれらの活動は、いわば裏工作。戦略ナラティブ・政治技術と呼ぶ手法で、工作を彩っている。 中心となっていたのはチェキストというチェーカーの意志を継ぐ者たち。プーチン大統領をはじめ、彼らこそが100年以上続く支配者であり、今は偶然彼らの中の一人が独裁者を演じていると考えれば「防諜国家ロシア」の行動様式が理解できる。
旧KGBのマニュアルは門外不出ですがウクライナにもあって、筆者はそれを参照して本書を書いたとあります。実にリアルなロシアの100年史でした。
*1:環境団体や国際NGO、宗教団体、政治結社、スポーツ団体などのカバーを被っていることも。当然ロシア正教会は、チェキストに支配されている