デビュー作「影の複合」(1982年)があまり売れず、第二作「時間の風蝕」(1983年)で盛り返した津村秀介は、第五作の本書(1984年発表)で、ついにレギュラー探偵浦上伸介を登場させる。以後、ほとんどの作品に伸介は登場するのだが、その姿(地味なブルゾン、カメラと時刻表の入ったショルダーバッグ)は記者だった作者の若いころと言っていい。
横浜の各所で一人暮らしの若い女性宅に深夜押し入る婦女暴行事件が相次ぎ、ついに2人の命が奪われてしまった。現場は、横須賀線、相鉄線、京浜東北線、京浜急行線の横浜に近い駅という共通点がある。最後の事件が起きた頃、フリーのルポライター伸介は岡山で「暴力団リンチ殺人事件」の取材をしていた。すでに7人の死体が見つかっていて、3人が逃亡しているという凄惨な事件だ。彼は「週刊広場」の連載もの「夜の事件レポート」の執筆陣のひとりとして、この事件を記事にしようとしていた。
しかし「週刊広場」の編集長は、伸介に取材を切り上げ横浜の事件を担当するよう言ってきた。後ろ髪をひかれる思いで新幹線に乗った伸介は、大学の先輩である「毎朝日報」横浜の谷田記者と協力して取材を始める。作者自身が20年間、「週刊新潮」の「黒い報告書」の執筆者だったことから、週刊誌と新聞、さらに警察との関係についてはリアリティがある。面白いのは、登場人物が良くお酒を呑むことだ。
伸介は岡山からの帰路、駅弁と缶ビールを3本買う。途中で呑みつくしてしまうと、食堂車で水割りを東京に着くまで呑んでいる。休日に谷田先輩の自宅を訪れた時も、昼間から焼酎をあおりながら将棋を指す。職業である「夜の事件レポート」を徹夜で書く時も、左手にはグラスが欠かせない。
30歳前後と若いからか、体調が悪くなることも酩酊してトラブルを起こすこともない。この芸(?)は、容疑者や証人へのインタビューでも活かされる。今回の容疑者たちは偶然か大酒のみばかり、伸介は彼らを「老神の滝」という居酒屋に呑みに誘って糸口を探る。(これって「養老乃瀧」やね)
ずっと探していて、先日新横浜のBook-offで見つけた本書だが、事件の面白さというより伸介・谷田の先輩後輩コンビの酒談義の方が興味深かった。後にはこの大酒捜査は影をひそめるのですが、このままシリーズになっていたら「アリバイくずしもの」ではなく「酔いどれ探偵もの」と呼ばれたかもしれません。