新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「白い巨塔」から「ドクターX」へ

 業界情報はどの分野のものでも面白いのだが、本書(2017年発表)の面白さは傑出している。筆者の筒井冨美氏は、フリーランスの麻酔科医。もともとは医大の勤務医だったが、40歳ごろフリーランスに転身している。まだ医局が権威に溢れていた「白い巨塔」の時代も知りながら、2004年に研修医制度が変わって医局が没落した後も見ている。その経験から「ドクターX」の制作にも協力したとある。

 

 医学部長を頂点とした大学病院の医局は、権威の塊だった。医師にも明確なランキングがあり、大学病院>公立病院>私立病院>開業医の公式が厳然としてあった。大学病院の中でも、教授>助教授>講師>助手>医員>研修医の身分制度は明確なものだった。研修医は長時間勤務、夜勤、雑用などに追いまくられ、しかも薄給。上記の階段を登っていくには仕方のない(耐える)時期だった。ただ一人前の医師になるには、重要な修行の面もあったと筆者は言う。

 

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 しかし研修医制度の改訂は、研修医を「下っ端からお客さん」に変えてしまった。医師の成長を遅らせただけではなく、医局(という身分制度)そのものを崩壊させてしまった。もともと医師たちには、当直や派遣など自分の職場以外でのアルバイトは多かったが、それを医局が握っていたので「秩序」もあった。それが勝手にアルバイトができるようになって、一匹狼の医師が急増したとある。

 

 筆者もその一人で、大学を辞めたら年収は3倍になり、夕食を自宅で摂れる日が増えた。麻酔科は専門職で、腕の良しあしが分かりやすい。良ければ(ドクターXの大門医師のように)稼げるフリーランスになれるが、失敗していると「時価」が下がって最後はフリーター医師になってしまう。

 

 21世紀初頭の「改革」は、ある種の医師の世界にいち早く「働き方改革」をもたらしたことになる。この世界にも管理職にはなったものの役に立たない医師はいて、筆者はこれらの人達を解雇する自由を病院に与えるべきだと言う。大きな事故が起きる前に、クビにしてもフリーターとしてなら生きてはいけるのだから。また「混合診療」も認めるべきだと、本書には医療制度改革にいくつかの提言が含まれていた。

 

 僕ら技術者の世界と、非常に似た話も多かったですし、改革提案は興味深いものでした。この本は業界情報として、大事に保管することにします。