新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

2025-07-01から1ヶ月間の記事一覧

海洋ミステリーの掉尾

1978年発表の本書は、多作家西村京太郎の初期の作品。同年の「寝台列車殺人事件」以降、作者はトラベルミステリーを量産するが、それ以前は「海洋ミステリー」というジャンルを築いていた。これまでも「消えたタンカー」「消えた乗組員」などを紹介している…

20年前スペインでの出来事

2015年発表の本書は、BBCの美術ドキュメンタリーなどのディレクターから作家に転身したルネ・ナイトのデビュー作。新人作品としては異例の、25ヵ国での刊行が約束されていたという期待作である。 驚いたのは、翻訳ものに付き物の登場人物表がないこと。確か…

リアリストの「Strategy of Denial」

2024年発表の本書は、米国シンクタンク<マラソン・イニシャティブ>の共同代表エルブリッジ・コルビー氏の「対中国戦略論」。筆者は元CIA長官ウィリアム・コルビーの孫、国防総省や国務省で政策立案をし外国勤務も多い。40歳代の気鋭の戦略家であり、トラン…

<幻影城>連載の騙し絵

本書は、奇術師作家泡坂妻夫の第三長編。すでに「11枚のとらんぷ」「乱れからくり」を紹介しているが、前2作にも増して300ページまるごとの騙し絵に仕上がっている。短い期間マニアの熱い視線を浴びた雑誌<幻影城>に、1978年に連載された作品である。 東…

ル・カレの最高傑作巨編(後編)

スマイリーは解雇された要員の内から何人かを復職させたのだが、その中にサム・コリンズという男がいる。抜け目のない男で、コウ兄弟らの件についても役に立つのだが、スマイリーは信頼できない部分があると思っている。前作でのモグラの息が掛かっている可…

ル・カレの最高傑作巨編(前編)

1977年発表の本書は、先月紹介した「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」に続くジョン・ル・カレ<スマイリー三部作>の第二作。作者の最高傑作との評価され、英国推理作家協会賞も受賞した900ページを越える巨編である。 前作で英国諜報部<サーカ…

呪われた若者とカドフェル

1983年発表の本書は、エリス・ピーターズの<修道士カドフェルもの>の第八作。かつて十字軍兵士として従軍し、殺されかけたことも殺したこともあるカドフェルは、壮年になって英国へ戻り、修道士の道に入った。しかし普通は20歳までには、この道に入るもの…

朝日地球会議2023の議論

2024年発表の本書は、昨日紹介した「2035年の世界地図」同様、朝日地球会議の議論をまとめたもの(2023年版)。エマニュエル・トッド、マルクス・ガブリエルの2人はそのまま、米国の政治学者フランシス・フクヤマ氏と6人の識者が参加している。 この1年間…

朝日地球会議2022の議論

2023年発表の本書は、2022年に「世界の知が読み解くコロナ後の世界」をテーマに、朝日新聞社が主催した<朝日地球会議>の議論紹介。4人の知の巨人のほか、日本の識者4名の対談も掲載されている 前半は民主主義について、暗い歴史学者エマニュエル・トッド…

映画がヒットしすぎたゆえ

1955年発表の本書は、「見知らぬ乗客」や「殺意の迷宮」を紹介したパトリシア・ハイスミスのサスペンス小説。原題は「The Talented Mr. Ripley」なのだが、本書を原作にルネ・クレマン監督がアラン・ドロン主演で映画化したため「太陽がいっぱい」の邦題でず…

鎧衣装を着た11人の騎士たち

1949年発表の本書は、以前「緑は危険」を紹介したクリスチアナ・ブランドの<コックリル警部もの>。クリスティの後継者として英国に現れた何人かの女流作家の中でも、「Who done it?」に関して右に出るものはいない。探偵役は「ケントの恐怖」と犯罪者から…

世界最大の人口を抱える国

2023年発表の本書は、在インド・中国・パキスタンの大使館で調査員を経験した岐阜女子大学准教授笠井亮平氏のインドレポート。副題に「一帯一路」とFOIPが掲げられているように、2つの大国米国と中国との関係がインドの将来を決めるのだが、その見通し・課…

創元社の復刻版に感謝!

1964年発表の本書は、「Who done it?」の名手D・M・ディヴァインの初期作品。デビュー作「兄の殺人者」がクリスティに高く評価され、第二作「五番目のコード」もヒットして、本書の発表に繋がっている。英国の顔の見えるコミュニティである、田舎町での殺人事…

事件がまとわりつく青年エリケ

1997年発表の本書は、ノルウェーの女流作家カーリン・フォッスムの<セイエル警部もの>。本書がシリーズ第三作で、北欧5ヵ国ミステリーの大賞にあたるガラスの鍵賞を受賞した作品。 7月のノルウェーの街では、陽は2時間ほどしか沈まず、ひどく蒸し暑い。…

インテリジェンス同盟の50年

2020年発表の本書は、英米両国の市民として諜報活動に携わった唯一の人アンソニー・R・ウェルズ氏の諜報50年史。英語を母国語とする英米加豪とニュージーランドの5ヵ国は、諜報同盟を結び「5Eyes」と呼ばれている。発端はWWⅡ中の1941年、英国チャーチル首相…

1マイル先の狙撃目標

2019年発表の本書は、寡作家スティーヴン・ハンターの<スワガーもの>。海兵隊の名スナイパーだった伝説の軍曹ボブ・リー・スワガーも72歳。アイダホの田舎町で隠棲している。他人との接触を断っていた彼だが、60歳ほどの夫人ジャネットが訪ねて来て、強引…

血生臭い<倒錯三部作>完結

1992年発表の本書は、ローレンス・ブロックの<無免許探偵マット・スカダーもの>。今年になって紹介した「墓場への切符」「倒錯の舞踏」に続く、倒錯三部作の完結編だと解説にある。アル中の元警官で、高級娼婦エレインと半同棲の生活を送っているマットに…

2組の「相棒」の邂逅

2015年発表の本書は、昨日に引き続きロバート・クレイスの作品。「容疑者」の続編でスコット&マギーが登場するのだが、作者が以前からレギュラーとして使って来た私立探偵エルヴィス・コールと相棒のパイクも出てくる。コールは<世界一の探偵>との看板を…

身も心も傷ついた同士が・・・

2013年発表の本書は、脚本家・ハードボイルド作家(*1)として鳴らしたロバート・クレイスが新しい主人公を得て書き始めたシリーズ第一作。その主人公とは、 ・パトロール中相棒の女性警官を殺され、自らも重傷を負った巡査スコット ・アフガニスタンで自爆…

唄う修道女の秘密

1999年発表の本書は、エド・マクベインの<87分署シリーズ>第49作。1956年の「警官嫌い」から始まったこのシリーズ、ついに世紀末まで続いたことになる。今回も、複数の事件が交錯するが、メインとなっているのは修道女が扼殺され、公園に捨てられていた事…

ハッカー浦井と刑事桐野、再度の対決

2020年発表の本書は、これまで「スマホを落としただけなのに*1」「同囚われの殺人鬼*2」を紹介した、志駕晃のサイバーサスペンス。全2作の続編で、ハッカー浦井、刑事桐野だけでなく、最初の被害者だった富田麻美らも登場する。 初登場は、電力会社の子会社…

検視官の心得と成り手不足

2007年発表の本書は、「法医学で何がわかるか」などを紹介した伝説の検視官上野正彦医師の犯罪論。特に近年、猟奇的な殺人が増えて凄惨な死体が増えていることと、検視官の成り手が少なく慢性的な人手不足ゆえ、殺人事件が(自然死等として)見過ごされてい…

木枠に入った死体が揚がった

1928年発表の本書は、以前「フレンチ警部最大の事件」を紹介したF・W・クロフツのレギュラー探偵フレンチ警部もの。かつてコメントした「スターヴェルの悲劇」の次にあたる作品である。本格ミステリー黄金期の作品だが、かつて東京創元社が翻訳を多く出版して…

実録、昭和・平成の大事件(後編)

2000年発表の本書は、昨日紹介した「封印されていた文書」と同じ麻生幾の手になる昭和・平成の事件簿PartⅡ。9つの事件と、余談「赤坂のクラブを訪れた金正日の長男」が収められている。事件はやや小粒になり、外交や安全保障に関するものはほとんど見られな…

実録、昭和・平成の大事件(前編)

1999年発表の本書は、以前対テロ小説「外事警察*1」を紹介した麻生幾の事件実録。全部で1,100ページもの対策で、PartⅠには10の事件が紹介されている。 ロッキード事件の田中元総理、佐川急便事件の金丸元副総理を挙げた検察の苦労談は面白かった。田中元総理…

チャドランズ屋敷の怪死

1921年発表の本書は、以前「赤毛のレドメイン家」を紹介したイーデン・フィルポッツのスリラー。作者は、怪奇小説・ファンタジー・普通小説と幅広いジャンルの作品を遺した。ミステリー色が強いものとして、本書は「赤毛・・・」に先立つ作品で、ずっと探してい…

9人の識者が暴く「病根」

2023年発表の本書は、宝島社のスタッフが9人の識者にインタビューして、絶望的となった自民党の「病根」を探ったもの。時は岸田政権の末期で、後に首相を引き継ぐ石破議員までが持論を述べている。9人は自民党のどこに絶望したのか?そのエッセンスを取り…

最強タッグの政治スリラー(後編)

「砂漠の嵐作戦」に参加した陸軍特殊部隊員だったダンカンも、すでに50歳を越え血友病に悩んでいる。心身ともに追い詰められた中で、ジンドルクが仕掛けるテロを未然に防がなくてはならない。オージーは、ジンドルクの戦力はサイバー空間では凄まじいが、リ…

最強タッグの政治スリラー(前編)

2018年発表の本書は、第42代米国大統領ビル・クリントンと「ナッシュビルの殺し屋」でデビューし総売り上げ3億部をほこるベストセラー作家ジェイムズ・パタースンが共著した政治スリラー。クリントン元大統領は学生時代からスリラー好き、いつかは書いてみ…

インシャラー、ブクラ、マレシ

「神の汚れた手」などの諸作で知られる作家曽野綾子氏。1975年に始めてアラブの国を訪れ、以後交流を深めたと前書きにある。アラブ人の本音に触れるようになり、2003年に発表したのが本書。かなり警句的だが、彼の民族の行動様式を理解させてくれる書である…