新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

トム・クランシーの遺作

 戦闘級のチャンピオンであるマーク・グリーニーをパートナーに、よりリアルな国際紛争小説を発表してきたトム・クランシーは、2013年に急逝した。66歳だった。事実上の遺作となったのが、本編「米中開戦」である。ただ、実際に両国が宣戦布告しての全面戦争にはなっていない。
 
 原題の"Threat Vector" は、コンピュータウィルスを運ぶカプセルのようなものを表す。もちろん、物理的なカプセルではなく、デジタル世界のものだ。ウィルス本体を目的のところ(狙ったサーバー)に送り付けたら、自らを消すこともある。
 
 本編で一番激烈な戦闘が起きるのはサイバー空間なので、原題の方が内容を正しく著わしている。実際、サイバー攻撃の手法や仕組みについては、かなり詳しい解説が成されている。経済停滞(というより粉飾の後始末)に悩む中国政府首脳が、南シナ海に侵攻、香港を完全併合した上、台湾まで占領して復活のための原資をえようとする、というのが舞台設定。しかし米国と通常戦力で戦っては勝ち目がないので、育成してきたサイバー戦争スペシャリストで米国に先制攻撃をかけるというところから始まる。

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 米軍OBから聞いた話でも、サイバー空間では中国に一日の長があるという。ただ、本編にあるような天才ハッカー集団を育てたというよりは、投入している人員の量がものすごいから、というのが米国の見方だった。噂では、百万人オーダーの人民解放軍兵士がインターネットの常時監視にあたっているそうだから、サイバー戦争要員もわれわれの想像を超える数いるとみられる。
 
 もちろん戦闘シーンも迫力満点で、F/A18ホーネットと中国の最新鋭機J-10Bとの空中戦はすごくリアルだ。このシリーズは米露開戦・米朝開戦とつづくが、米朝開戦からはマーク・グリーニー著となっている。マーク・グリーニーの戦略眼(クランシー流の舞台設定)がどうか、楽しみである。