新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

そう簡単に分かるものではない

 2007年発表の本書は、京都生まれで日本文化研究家である嵯峨徳子氏の京都論。昨年の旅行のおり、寺町商店街の古書店で買ったもの。1,200年の歴史は深すぎて、京都人にもよくわからないことも多い。「京都は好きですか?」と住んでいる人に問うと、

 

・最初は嫌いだった

・最近好きになってきた

 

 との答えが多く、著者自身も納得できるという。多くの名所旧跡があり、祇園祭などのイベントも多彩なのだが、表面だけを見ていては本質が分からない。長年かけて体感して、分かりかけると好きになるという意味らしい。例えば、こんな記述が。

 

・大文字焼は人間に見せるものではなく、宇宙へのメッセージ(ナスカの地上絵?)

・多々ある寺は観光施設ではなく、街の一部。意識しなくなるのが京都人

・紫式部の墓が殺風景なのは、一時期地獄に落とされていたから

 

        

 

 筆者は、2000年過ぎの京都の変化を嘆いている。市場が衰退し、銭湯が減り、町屋の中にマンションが混在するようになり、京都駅大改装などの景観破壊が進む・・・と。最も自然(&景観)破壊は昔もあって、琵琶湖疎水は益もあるが害もある。由来ある南禅寺の境内にローマ風の水道橋を作るなど、暴挙だという。

 

 紙幅を割いているのが「水」、京都の方々に湧水があり、その味の違いで豆腐もお酒も変わってくる。それが疎水経由の水道水になって、京都の水文化が堕してしまった。さらに地下鉄工事などで、湧水が枯れることもあるようだ。そのせいもあって、京都の地下鉄は2本だけ。市電もなくなったので、市内交通は(醜い塗装の)バスが重要になってしまった。ちなみに、地下街も京都駅前「Porta」と市役所前「Zest」しかない。

 

 本筋ではないが、著者の夫君レオナルド氏の食通ぶりが面白い。英伊混血で、育ての親は祇園の芸妓だった。出前や仕出し料理で育ってきたので、家庭の味が分からない。一方、微妙な醤油の違いや料理の手順も一口食べただけで感じるという。

 

 本書発表から15年余り、確かに変化はしているのですが、初心者の僕らには十分伝統が残っているように思えます。それ自身、僕が未熟な証拠かもしれませんが・・・。