シリア紛争の影響やや強権すぎる運営に批判が集まり不安定になりつつあるエルドアン大統領のトルコだが、ジェラール・ド・ヴィリエの大連作「プリンス・マルコ」シリーズの第一作もイスタンブール周辺が舞台である。1965年当時も政情不安な東西の接点だったということだろう。このプリンス、オーストリアとハンガリーの国境にある城の持ち主で、正統的な神聖ローマ帝国大公の家系にあり、第18代の大公殿下である。
彼は3つの特殊能力を持っている。まず記憶能力、本は2度読んだら暗唱できるし、10年前に一度だけ会った人の指輪についても覚えている。次に語学能力、20ヵ国以上の言葉を母国語のように操れる。最後に女性を口説く能力、本作でもベリーダンサーに近寄るや「10年前のパールの指輪はどうした?」と話しかけ、そのままチェックインするくらいだ。
そんな彼だが、城の修復に途方もないお金がかかる上に婚約者のアレクサンドラが湯水のようにお金を使うので、(デビュー作の本作でも)すでに20年米国CIAの仕事をいやいやながらしている。
イスタンブールはヨーロッパとアジアを分ける位置にあり、市内に狭いボスポラス海峡が川のように渡っている。海峡の北は黒海、南はマルマラ海を経由してエーゲ海、地中海へとつながっている。本作が発表された1965年は冷戦の最中、黒海にいるソ連潜水艦の地中海への進出を防ぐために海峡には防潜網や機雷群が接置されていた。
ソ連潜水艦がいないはずのマルマラ海で米国海軍の新鋭潜水艦「メンフィス」がテスト潜航中に沈没し200名近い軍人の命が奪われた。現場から逃げるように北に向かう国籍不明の潜水艦があり、米軍はこれを撃沈するが、これはソ連潜水艦としか思えない。しかし北はボスポラス海峡の袋小路、ソ連潜水艦がなぜ北に向かったのか?本作は封鎖されている海峡をどうやってソ連潜水艦が潜り抜けたかという「密室もの」として始まる。
主人公プリンス・マルコはある種の超人スパイだが、力業はからきしダメ。2人の海兵隊あがりのゴリラに守られながら、ソ連がトルコで起こそうとするクーデター計画をはらんで事件の解決を目指す・・・と言いたいところだが、実質次から次へとナンパを繰り返し、その隙間に捜査をする感じすら受ける。そのすさまじさはジェームス・ボンドなど足元にも及ばない。
最初に読んだのは大学生のころ、表紙のお姉さんに惹かれなかったかというと自信はない。しかし、中身は骨太の国際スパイものだと思った。今読み返してみると、こんなにすごいナンパ・プリンスとは思いませんでした。